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楽屋で、幕の内。| シネマのなかのライター その3 Dec.8

『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』(原題 GENIUS 2016年)編

 パーキンズとは1920年頃を中心に活躍したアメリカの編集者マックス・パーキンズ(以下マックス)のこと。アーネスト・ヘミングウェイやスコット・F・フィッツジェラルドらを発掘した伝説の編集者で、彼がいなければ『武器よさらば』も『グレート・ギャツビー』もこの世に存在しなかったかも知れません。同じく彼によって光をあてられたトマス・ウルフも。
 『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』では、父と子ほどの年が離れたマックスとトマス・ウルフが、タッグを組んで作品を創り上げていくさまを友情を絡めつつ描いた物語です。二人の天才に翻弄される女性二人の深い愛も胸を打ちます。コリン・ファース、ジュード・ロウ、ニコール・キッドマン、ローラ・リニーという名優が顔を揃えた秀作です。

【あらすじ】
時代は1929年のNY。ある日、編集者マックス・パーキンズ(コリン・ファース)のところに、大作が持ち込まれます。それはトマス・ウルフ(ジュード・ロウ)の作品でした。出版社をたらい回しにされてきたという作品に彼は価値を見出します。そして二人三脚の旅が始まるのです。

ライター的ポイント1:紙を走る赤鉛筆の音って、こんなにいい音でしたっけ?

 冒頭はマックスが原稿に赤入れしているシーンです。のっけからライターにはキツイですね(笑)。ひとつの段落を丸々消されたりもします。
 誤った表現はないか、冗長すぎて真意が見えにくくなってはないか、流れは良いか。編集という第三者の視点からチェックするこの作業はなくてはならない工程。書き手は没頭すればするほど、客観的な目線で読めなくなります。作者に成り代わって、この作品が向かうべき進路を常に指し示してくれるのが編集者です。
 赤入れは多少の好みはあるかもしれませんが、決して意地悪でしているわけではありません。しかし、重箱の隅をつつくような気持ちでやらないとミステイクは見つかりづらいという側面もあります。
 このシーンを見ていると新人時代にがっつり赤字をもらっていたことを思い出します。赤字が入ってないところほとんどない、真っ赤な紙を返されていましたっけ。それを直して出せばまた赤字で返され、5、6回は繰り返すこともあったかも知れません。私が今ここにいるのはその時の厳しかった編集者のお陰です。顔とお名前は忘れられません。
 それにしても紙を滑べる鉛筆の音はなんて心地がいいのでしょう。オンラインデータで訂正が主流な昨今だからでしょうか。書き手はもうそれ以上切り刻まないで!と願いますが、編集者は気持ちよくやっているとこもあるのだろうな(笑)。だってこの音だもん。

ライター的ポイント2:「一銭の価値もないといわれ続けた」原稿が世にでるとき

 マックスはトマス・ウルフ(以下トム)が持ち込んだ作品を認め、出版を約束します。前金として机の引き出しから紙幣の入った茶封筒をとり手渡したとき、感極まったトムはこういいます。「一銭の価値もないといわれ続けた」。新たな作家の誕生の瞬間でした。
 文章に一定のレベルは必要ですが評価は人それぞれだと私は思います。もちろん、より多くの人の胸を打つのであればそれに越したことはありません。商業的にも。トムは幸運にも理解してくれる人に出会えたということでしょう。
 さてマックスは良い作品ではあるが長いといい、大胆な改稿を求めます。この作品を書くのに4年を費やし「削除すれば血が出る」というトムですが、削らなければ作品にはならないとマックスは引き下がりません。削除を求める、いやいや削るの攻防です。
 原稿をどんどん削っていくシーンは次の作品の場面でも登場します。少女が恋に落ちるシーンだけで何十ページの紙幅を使っている模様。さすがに長そうです。そして「単に長いだけじゃない、問題は別にある」というマックスの意見は重要だと感じました。彼の問いかけはこうです。
 「少女にとって初めての恋なのに、海や巻貝を考えるか(なぞらえるか)?」
 「(恋の)イメージに固執過ぎているのではないか?」
 「(初恋のとき)自分はどうだった?」

自分の初恋は「稲妻のようだった」と答えるトム。それを書けというマックス。厳しい助言が続きます。
トム「だがその瞳に胸が高まった」
マックス「ロマン派は無用!」

トム「海のような青さの青いを超える碧」
マックス「月並み!」

トム「あれほどの青はあるだろうか(ではどう?)」
マックス「誇張はいらない。稲妻から離れるな」

とまあ、トムとしては妥協点を探り提案します。マックスが思う着地点はまだ先にあり、どんどん出しても却下され続けます。そして文章はどんどん短くなり、結果的に何十ページがほんの数行に納まった(に見える)よう。見ごたえのある丁々発止のライブでした。


ライター的ポイント3:題名は作品の心臓と思え

 作品の大小に関係なく、題名は命のようなものです。トムの処女作のタイトルは「失われしもの」。本の魅力を表す題名になっているか?君は本屋で何を買おうか迷っているときに買うか?とマックスは尋ねます。彼はいいます。
 「『ウエストエッグのトリマルキオ』『グレート・ギャツビー』。どちらを買うか?と」。『ウエストエッグのトリマルキオ』はもともとの題だったそう。ここでトムは当然『グレート・ギャツビー』と答えます。
 とうとう印刷に回せる日がきました。上梓直前となってまたマックスは題名を確認します。そこで鉛筆をとり、トムが表紙に書き加えたタイトルは『天使よ故郷を見よ(LOOK HOMEWARD ANGEL)」。本は大ヒットし、たちまち天才作家と噂されるようになります。

 大幅な割愛や書き直しを要求されぱなっしのトムですが創作への思いを伝えるシーンもあります。ジャズバーに半ば無理やり連れてき、ミュージシャンたちがセッションをマックスに見せるのです。
「彼らはリフをいくつか重ね、即興で(音楽を)作っていく。僕はそれを言葉で。形式なんかいらない。独創性だ」。
1920年代当時のニューヨークはジャズ文化の中心地でした。ジャズセッションはトムのひらめきの原点であり、文体に流れる音色はここからきているといいます。軽快な音楽とリズム、思い思いに身体を揺らす人々。頭にリズムを響かせながら心を解き放って自由闊達に筆を走らせるマックスの姿を感じた気がします。
 華やかなシーンは多くはありませんが、作品を世に出す意義を問い続けた二人の情熱と友情に心を揺さぶられる作品です。たくさんの赤字に落ち込んだら、この作品を見て元気を出そうと思います。
(この回終わり)

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