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擬人生物語

朝にビル影から見える青々とした空に浮かぶ富士山。この景色を何回見たかなぁ。
そう言えばここに来てからどのくらい経っただろうか。
学生や会社勤めの人々が暮らして賑やかだった時間が遠く昔のことのように感じる。
それはそうだ。隣に住んでいた生まれたての赤ちゃんだった子が結婚し、子供が産まれたというのだから。
気づかないうちに僕も随分と歳を取ったみたいだ。
僕の横ではまた胡蝶蘭が咲いている。
オーナーが僕を建てた日に植えたお気に入りの花だ。


音楽好きの女子学生は夢を叶えられたのだろうか。
そういえばあの会社員に成り立てだった子は、今や立派になっていると言う。

ここに住んでいた子たちは、みんな僕の子供のような存在、いや子供たちだと思っていた。
だから雨の日も風の日も、雷が落ちようが地震が起きようが僕は必死にみんなを守ってきた。僕の子供だからこそ。


しかし、時間が過ぎていくにつれ僕も当然ながら老化していった。
僕の自慢の足にも気づかないうちにサビが入っている。
周りの景色も大きく変わった。僕の周りにも新しい子たちが幾つか建って人が沢山賑わっている。
だけど僕にその力はもう無い。


春が過ぎた。隣の胡蝶蘭がまた来年と言って散っていく。
そうしてセミの声ちらほらと耳にするようになった。今日もビル影から青々とした空に浮かぶ富士山が見える。この景色を目に焼き付けまぶたを閉じた。脳裏に刻まれている思い出が蘇る。僕はそれらを心の奥底に仕舞い込み眠った。体が崩れていく。その不思議な感覚を感じながら。




























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