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黒澤映画『どん底』と『どですかでん』

買いためたDVDや録画したままになっている映画が大量にたまっている状況を何とかせねばと思い、観始めました。まず、黒澤明監督の『どん底』('57)と『どですかでん』('70)を観ました。『どん底』は、確か高校生の頃、名画座で観ていましたが、『どですかでん』は未見でした。(見出し画像は、黒澤明監督の描いた『どですかでん』ポスターの一部になります。)

どちらの映画も、これといったストーリーはなく、厳しいどん底の環境で生活する人たちをめぐる様々なエピソードを描いたものです。『どん底』はロシアのゴーリキー原作で、『どですかでん』は日本の山本周五郎原作(『季節のない街』)ですが、どちらも黒澤版の舞台は日本。『どん底』は江戸時代末期で、『どですかでん』は現代(60年代終わり)です。

色々な解説を読むと、どちらも、厳しい環境で生活する人たちが、それでも明るく過ごそうとする姿を前向きに描いたということのようです。ですが、私の正直な感想としては、この人たちのことを可哀そうだと思ってしまいました。この、社会から忘れ去られたような人たちを、何とか助け出すことができないのか、そんな気持ちばかりが募ってしまいました。

どちらの映画も、舞台は「その場所」だけです。『どん底』は、崩れる寸前のボロ長屋とその前庭。長屋といっても、土間のような広間は共有で、各々が寝る場所だけが別になっています。『どですかでん』は、バラックのような小屋が集まっている場所で、それぞれが住むバラックや打ち捨てられた車の残骸、その中央にある広場、ゴミ捨て場が舞台です。

どちらの映画も、それ以外の外の世界は、会話の中で少し出てくるだけで、実際に映像で描かれることはなく、世の中の動きは何も出てきません。それだけで、社会から忘れ去られているのだということが強く感じられます。

『どん底』は徹底してリアリズムを追求したような印象です。とは言っても、江戸時代末期の話といえば、徳川だ、薩長だ、黒船だ、といった話ばかり浮かんできて、そんな世界とは無縁で暮らしている人たちの暮らしぶりがどうであったのか、私は思いをはせたことはありませんでした。なので、これがリアルなのか、誇張なのかはよくわからなかったというのが正直なところです。

『どですかでん』は、バラックが赤や黄色といった原色に塗られていたり、昼夜問わず広場で洗濯をしている数人のおばさんがおしゃべりしていたりして、なんだか少しファンタジーが入っているようにも感じました(『どですかでん』は黒澤明の最初のカラー作品です)。そういう意味で、少し楽な気持ちで観ることができました。

「どですかでん」というのは、電車が走る音です。発達障害(?)の少年が、電車が好きで、自分が電車の運転士になったと思い込み、いつも広場で「どですかでん、どですかでん」と言いながら、架空の電車を走らせているのです。私はこの少年が主人公の話かと思っていたのですが、観てみると、少年の話は多くのエピソードのうちのひとつだけで、それが中心ではありません。全体として見ると、むしろその少年が一番幸せなのではないかと思ってしまいました。それだけ、現実の厳しさというのがひしひしと来てしまいました。

私は今回『どですかでん』を先に観て、「あれ、これって『どん底』じゃないの?」と思い、『どん底』を見直したのでした。

ひとつ救いがあったのは、どちらの物語でも、一人だけ賢人のような人がいたことです。その人が、周りの人に差し伸べる心遣いが、人々の生活の苦しさを少し和らげてくれるような気がして、観ているこちらもホッとできました。

『どですかでん』では、彫り物の職人がつつましい生活をしつつも、周りを助けます。病気の子供を医者に見せる費用を工面しようとしたり、自分のところに入った強盗に対して逆に金銭を恵み、その泥棒が警察につかまっても、そんな人は知らないと言います。『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンに銀の燭台を与えた神父のような人物でした。

『どん底』では、巡礼で各地を回っている年配の男の人がそうでした。彼は、病気で死にかけている女性に言葉をかけます。彼女は、旦那にも大切にされず、生きる喜びも希望も失っています。でも、この世の苦しみがあの世でも続くのではないかと恐れています。それを耳にして、彼は「あの世に行けば息がつける、死ねば何もかもよくなる。あの世はこの世の休み場所さ」と慰めます。女性は、あの世がそんないいいところなら、「まだもう少し生きていたい」と言うようになります。

素晴らしい未来が待っているなら、今もう少し辛抱しよう、頑張ろう。そう思えることは素晴らしいと思いました。それでも、この女性はこの後亡くなってしまいます。この世の中、どうしようもないことがある。その辛さ、厳しさを感じざるをえません。

あまり派手さはない2本の映画ですが、時折見返したいと思いました。



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