香川県の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える
香川は面積的には小さな県ですが、温暖で乾燥した気候、地域特有の地史や古気候変動に関係した地形形成があり、それらが、香川の生物多様性を特徴づけています。
はじめに
生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるに違いありません。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。
この記事では、香川県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供しています。生物多様性の様々な地図情報（レイヤー）を、チャンネルを切り替えて閲覧できますので、以下サイトをご覧ください。
香川県の生物多様性を特徴づける環境条件
香川県は四国の北東部で瀬戸内海に面しており、小豆島や塩飽諸島や直島諸島があります。瀬戸内海の沿岸には讃岐平野、内陸には丘陵が広がり、県南部に讃岐山脈が連なります。最も高い山は、讃岐山脈の竜王山（約1060m）です。
四国の他県と比べて、香川県は山地が少なく平野の割合が多いため、瀬戸内海型気候で温暖です。そのため、香川県の降水量はとても少なく（年間1100mmから1250mmくらいで）乾燥した気候です。
以下の写真から分かるように、讃岐平野には、数多くの火山性の台地や円錐状の山が分布しています。
讃岐富士と呼ばれる飯野山、瀬戸内海に張り出している五色台、高松市の屋島などです。これらは地質的には、中央構造線に沿った瀬戸内火山岩類（九州東部の大野川流域、愛媛県の高縄半島、大阪、愛知県東部の設楽地域にかけて分布）から成っており、中新世中期（約1400万年前〜1100万年前くらい）の火山活動に関係しています。
このような台地と丘陵で、讃岐平野は複数の平野に分けられます。五色台と屋島の間の高松平野、その内陸部の大川平野、飯野山（讃岐富士）がある丸亀平野（あるいは坂出平野）、県西部で荘内半島の根元部分の三豊平野などです。
また、最終氷期（約2万年前）には、香川県沿岸の海水面は現在より100m以上も低下したため瀬戸内海は陸地化し本州と結合し、その後の温暖化に伴った海進で再び瀬戸内海が形成されました。
さらに、約6000年前の縄文時代には、海水面が現在より数メートル上昇して（縄文海進と呼ばれる）、沿岸低地の面積が大きく変動しました。
香川は面積的には日本で最も小さな県です。
しかし、温暖で乾燥した気候、地域特有の地史や古気候変動に関係した地形形成が、香川県の生物多様性の空間パターンをとても興味深いものにしています。
それでは、香川の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。
生物多様性の可視化：種数地図
生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。
維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、香川県南部の讃岐山脈や讃岐平野の丘陵・台地（五色台など）です。土地利用で、植物種多様性のパターンが変化していることもわかります。特に、讃岐山脈の山地内の植物種数の豊かな場所が分断されて縮小しています。
土地利用の変化が日本の生物多様性に与えた影響については以下の記事をご覧ください。分析方法と日本全体の傾向がわかります。
哺乳類の種数が豊かな地域は、香川県南部の讃岐山脈です。県中央部から瀬戸内海沿岸に低地にかけても、五色台のような丘陵や台地は、哺乳類の種数が豊かです。
鳥類の種数が豊かな地域は、瀬戸内海に面した海岸域、五色台と屋島の間の高松平野と大川平野、丸亀平野、県西部の三豊平野などです。瀬戸内海の塩飽諸島、小豆島などにも鳥類の種数が豊かな場所があります。
爬虫類の種数が豊かな地域は、讃岐山脈の山麓や丘陵地域です。
両生類の種数が豊かな地域は、讃岐山脈の山麓地域です。
淡水魚類の種数が豊かな地域は、五色台と屋島の間の高松平野と大川平野、丸亀平野、県西部の三豊平野などの河川流域です。
生物多様性の保全重要地域を特定する方法
生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にもいくつか考えるポイントがあります。
生き物のレア度：希少性
例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。
つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。
保全政策上の重要生物：絶滅危惧種
また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。香川県は2004年にレッドデータブックを編纂して、WEB版で内容を公開しています。
生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）
生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。
ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。
地域社会の経済活動
例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、香川県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。
そこで、香川県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。
これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。
具体的には、香川県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。
香川県の生物多様性の保全重要地域
維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、香川県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。
注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。
香川県の生物多様性の保全重要地域は、県南部の讃岐山脈から讃岐平野にかけて、広域にわたってパッチ状に分布しています。県レベルで見ると讃岐山脈の保全重要度が高くなり、全国レベルで見ると讃岐平野の山麓や丘陵から沿岸低地にかけての保全重要性が高くなります。
次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。
維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県南部の讃岐山脈と内陸の丘陵や台地（五色台）や讃岐平野の一部です。
哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、竜王山などが連なる讃岐山脈の中央部です。また、讃岐平野の一部や五色台なども、哺乳類の保全重要地域です。国レベルで見ると、県西部の荘内半島も保全重要度が高いです。
鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、瀬戸内海に面した海岸域と讃岐平野、小豆島や直島諸島などの一部です。
爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、瀬戸内海沿岸の低地、県西部の荘内半島、五色台のような丘陵や台地などです。
両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、讃岐山脈の山麓と内陸の丘陵地域です。
淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、五色台と屋島の間の高松平野と大川平野の河川流域、丸亀平野や三豊平野の河川流域です。
香川県レッドデータブック（RDB）事業の検証
香川県の生物分布データを用いて、香川県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。
生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。
以下の維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類 CR、絶滅危惧ⅠB類 EN、絶滅危惧Ⅱ類 VU、準絶滅危惧 NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）希少種が含まれていることがわかります。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
以下は、脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）のRDBランクです。現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）分布面積の小さな希少種が含まれています。また、RDBランク間の希少性の違いが明確でなく、RDBランク付けに関する希少性評価に歪みがありそうです。
図中のRDBランクの略称は、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧ⅠB類（EN）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、情報不足（DD）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
図中のRDBランクの略称は、絶滅危惧ⅠA類（CR）、絶滅危惧Ⅱ類（VU）、準絶滅危惧（NT）。
以上のような分析をもとにして、RDBに追加すべき種やランク付けを検討できるでしょう。
本記事の分析結果の関連論文
環境省 環境研究総合推進費プロジェクト 環境変動に対する生物多様性と生態系サービスの応答を考慮した国土の適応的保全計画（4-1802）（代表：久保田康裕）
久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之 生物多様性の保全科学：システム化保全計画の概念と手法の概要. 日本生態学会誌 67: 267-286.
Lehtomäki J., Kusumoto B., Shiono T., Tanaka T., Kubota Y., Moilanen A. (2018) Spatial conservation prioritization for the East Asian islands: A balanced representation of multitaxon biogeography in a protected area network. Diversity and Distributions 25: 414-429.
Kusumoto B., Shiono T., Konoshima M., Yoshimoto A., Tanaka T., Kubota Y. (2017) How well are biodiversity drivers reflected in protected areas? A representativeness assessment of the geohistorical gradients that shaped endemic flora in Japan. Ecological Research 32: 299-311.
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