引合
あなたは芥川龍之介に似ている、先生はそう言った。
羅生門や地獄変、蜘蛛の糸、河童。この活字嫌いに母が与えた課題図書は芥川だった。
読書を嫌う私が片端から読破した唯一の文豪。その名前を挙げた先生。恐れ多く、とても驚いた。
読む程に実体が薄れる人間。彼の繊細さは趣味趣向とは異なり、根本から造りが違うようだった。
ヒトに近い何か、別の視界を持った命。
先生は私に何を感じたのか、それはどういった意味なのか。貰った言葉に喜びや畏怖、強力な感情が溢れた。同時に私という人間の感触を僅かに覚えた。
目蓋を開いた瞬間、景色に宿る凄まじい情念。それが瞳を貫通して入り込み脳味噌が爛れる。
空気や湿度、葉の色、水気が蒸発した毛虫の骸。
何かを啄む烏、座り込んだ犬、遮断機の音。
美しく、恐ろしいものばかり。
私の心臓か脳味噌か、足が早いのは後者だと思う。
知らない人間の知らない生涯、知らない葛藤に同調し肖るつもりは無い。
壮絶な生き様か楽園に住ったか、当人しか分からない人生を自らと重ねる自惚れは野暮だと思う。
先生は私に何を見たのか、なぜ彼の名前を挙げたのか、私は自分に興味が向いた。
自分という人間を解りなさい。
先生の言葉に含まれる意図はいつも解り辛い。
私の思考回路の先、そして反抗心まで見越した言葉に納得し、感服させられる。
先生
勿体ぶらずに身を削ります。
生きることが最優先ですから、一般的という概念に足を取られてはなりません。
旬と思えば身を固め、吉と思えば道を決めます。
そんな日も少し近づいたのでしょうか。
報告できる日まで精進致します。
花代