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「ふつう」なあなたと、現代アート ――絵が下手でも、嫌いでも――

「ふつう」のままで、現代アートに近づける場所

「現代アートは、何が良いのかわからない」
「わからないから説明を読むのに、読んだらもっとわからなくなってしまう」

現代アートは難しいもの?いやいや、そんなことはない。専門知識がなくても現代アートを楽しめる。今回、そんな素敵な場所を作っている方々にお話を伺った。

一人目は、今村育子さん。札幌駅前まちづくり株式会社の社員として、Think School (シンクスクール) を運営している。この学校は、札幌でアートとまちづくりを学ぶ場であり、アート専門家の養成所ではない。アートやまちづくりを通じて、考える方法を学ぶ学校だ。
もうお一人は、代々木・参宮橋でアートギャラリー Picaresque (ピカレスク) を営む松岡詩美さん。ピカレスクのコンセプトは、「わたしにちょうどいいアート」。一般的に、ギャラリーというと敷居が高いイメージだが、ピカレスクは、カラフルな絵はがきや、かわいいアクセサリーが並び、雑貨屋さんのようだ。

偶然だが、シンクスクールもピカレスクも、ともに2016年にスタートした。お二人は、どんな想いで専門家向けではなく、いわゆる「ふつう」の人に向けたアートの学校やギャラリーを始めようと思ったのだろうか?

対談インタビューは、オンラインで実施した。今村さんは札幌から、松岡さんは、出張先のアメリカ・ユタ州からの参加となった。初対面となるお二人の対談は、まず自己紹介からスタート。

今村 「はじめまして。私は、札幌出身で、シンクスクールの運営だけでなく、美術家として作品制作を行っています。会社では、自主事業のデザインや、アートとまちづくりに関する企画をしています。2016年から、シンクスクールを始めたのですが、その年は出産もしたので激動の年だったな、と思っています」
松岡「この度は、光栄な機会をありがとうございます。簡単な自己紹介をすると、アメリカで生まれ、8歳のときに、鹿児島に引っ越しをしました。高校卒業後は、より深く美術について学ぶため、東京藝術大学美術学部に入学しました」
松岡さんは、大学時代、シンガポールの美術大学に一年間留学をする。そこで、「アートマネジメント」という考えに出会い、大きな衝撃を受ける。「アートマネジメント」とは、社会とアート/アーティストをつなぐための学問・職業のこと。松岡さんは、この考えを日本に広めたいと思うようになった。
松岡「卒業後、いろいろなところをフラフラしたり、お手伝いをしたりして、自分が理想とするアーティストと社会の繋がりを生み出している場所ってないのかなと考えていました。当時、なかなか『これだ!』と思える出会いがなかったため、じゃあ自分でやるしかないと思い立ち、スタートさせたのがピカレスクです。作品販売を通じて、アーティストの制作活動を支える根幹の一つとなる『お金』をお渡しできることへ、強いやりがいを感じております。ZOOMミーティングルームに入室する直前まで、緊張で吐きそうでしたが、優しそうな方でほっとしています」
今村「私も緊張していましたが、もう大丈夫です。お会いできてよかったです」
松岡「どうぞよろしくお願いします」


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アートの本質は変態性?

アーティストを金銭面でもサポートできることが嬉しいと言っていた、松岡さん。
―作品のアドバイスもされているのですか?
松岡「『こういうのが流行っているから、売れるよ!』と、あまり言わないようにしています。経験則なのですが、狙った作品は、たいがい売れないんです。それよりも、アーティストが、自身の変態性をうまく表現できた作品の方が売れる印象があります。自分の型が確立していないのに、流行っているからという理由で、『美人画描こうかな』という人がいたら、『やめた方がいい!』って止めますね。同時に、少し矛盾するかもしれませんが、売れるアーティストは、時代の流れと自身の変態性をうまく組み合わせることができているように思います」

「変態性」とは、どういうことなのですか?
松岡 「『えっ!ここまでやらなくても』ぐらいに、一生懸命やっていると、ここが、この人の変態性なんだなと思います。誰からも求められていないのに、生み出してしまう、生み出さざるを得ない、というのはある種アートの本質ではないかと考えています」
今村「『どうしても、行き着いてしまうところ』ですかね。変態性は、個性でもあるし、武器ですもんね」

―「変態性」は、具体的に言うと、どんなことなのでしょうか?
松岡「例えば、作品制作プロセスの中で特定の作業を非常に緻密かつ複雑に行うこと、特定のモチーフや世界観を反復して制作することなどが挙げられるかもしれません。その変態性が熟練してゆくことで、作品のオリジナリティ、作家性に繋がるのだと思います。なので、アーティストから意見を求められた場合は作品の個別アドバイスよりも、その『変態性』が一体何なのか、それをどのように展開してゆくのかのブレインストーミングを一緒にすることが多い印象です」

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ピカレスクの壁一面に並んだアーティストによる絵はがき

初対面の人に、使用済の手帳を「買いたい」と言われて

松岡さんは、2016年に中目黒でピカレスクをスタートさせる。中目黒という土地柄、それほど宣伝をしなくても、街に遊びに来た人をきっかけにお客さんがどんどん増えていった。客層の中心は20~50代と幅広くも、共通するのは「今までアートを買ったことのない」方たち。
そんなアート初心者の方に対して、彼女が、なによりも重視するのは対話。お客様とのコミュニケーションをとりながら、好きな作品があるか、ある場合は、その作品のどこが好きなのかと掘り下げていくことを大事にしているそう。それには、アートマネジメントでの対話型鑑賞という考えが、元になっている。

松岡「作品に対して鑑賞者が何を言ったとしても、まずは肯定するということを大切にしています
ピカレスクでアート鑑賞の楽しみ方を知り、ギャラリーに通うようになった方の多くが、初めてのアートコレクションをピカレスクで得たそうだ。
しかし、中目黒から参宮橋にギャラリーを移転すると、状況が一変。参宮橋は、閑静な住宅街の色合いが強く、中目黒とは街の傾向が大きく異なるため、ふらりと立ち寄る人が全くいなくなってしまった。しかし松岡さんは、ある作戦を思いつく。
松岡「集客が見込め、かつ絵画や彫刻などのファインアートと直接的に関係がないと思われる企画の規模を拡大し、リーチしたい人へ伝える力を強めようと思いました。なぜ『絵画や彫刻などのファインアートと直接的に関係がない』企画かと言うと、当初からピカレスクが最もリーチしたいと考えているのは『アートに興味のない人』『アートギャラリーに行ったことがない人』のため、それを実現するにはアート以外の目的を持つ人々の集客を実現しなければならないという命題があったためです。様々な企画を立て活動を行ってきましたが、その中で最も高い認知度を誇る企画が『手帳類図書室』です」

『手帳類図書室』は、中目黒時代に知り合った、人が使ったノートや日記を読むのが趣味のコレクターさんがきっかけだった。
松岡「手帳にメモをとっていたら、急に彼がさささっと現れて、『それ使い終わったらどうするんですか?』と尋ねられました。『捨てますかね』と答えたら、『捨てるぐらいだったら僕に売りませんか』と言われたんです。初対面だったんですけど」
今村「はは!おもしろい!」
最初は、不審に思った松岡さんも、彼が純粋な好奇心から収集していることがわかり、収集の手伝いをするようになった。その方・志良堂正史氏のコレクションが、ギャラリーに併設する『手帳類図書室』に所蔵されており、現在、約400冊にものぼる手帳や、日記を閲覧することができる。(予約などの詳細は手帳類図書室の公式ホームページをご確認ください)

松岡「移転直後は、集客の難しさに落ち込むこともあったのですが、今は、ピカレスク発足当初、目指していた集客が手帳類図書室の運営を通じ実現できているため、とても感謝しています」


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作品集、画集、イラスト集を展示・販売したピカレスクの企画展

最高なものを分かち合いたい

今村「松岡さんは、どうして、あまりアートを知らない人とアートをつなごうって思ったのか聞いてもいいですか?」
松岡「純粋に、自分がアートをすごく好きなこともあります。それ以上に、自分が『好きだな、おもしろいな、最高だな』と思ったものを、できるだけ多くの人と分かち合いたい気持ちが、強いです」

松岡さんは、東京藝大に進学し、前衛的な表現や既存の社会通念を揺さぶるような作品に触れ、ますますアートにのめり込んでいった。しかし、高校時代の親友にアートの話をすると、まさかのドン引き。現代アートは、絵画や彫刻といった古典西洋美術とは大きく異なる。例えば、現代アートには、叫びながら壁に体当たりし続ける男性の映像作品なども含まれるのだ。そのため、専門教育を受けていない親友には、奇抜で異様なものに映ってしまった。
松岡「アートそのものが、よくなかったというより、伝え方がまずかったと思っています」
鑑賞者の鑑賞力の段階によって、能動的に楽しめる作品が変わってくることがあるという。そのため、ピカレスクでは、アート初心者でも、直感的に楽しめる作品を軸に展示を企画している。
今村「一番コアに考えていることは、鑑賞者ですか?」
松岡 「そうですね。ある種、鑑賞者として美術業界から認識されていない人々が、能動的な鑑賞者になるための一つのプロセスの礎にピカレスクがなれたらいいな、と思っています」

札幌で、第一線の方から学ぶ場所を作る

続いて、今村さんにシンクスクールについて詳しく伺った。
今村「札幌駅前通まちづくり会社は、2011年よりチ・カ・ホの管理運営や駅前通の賑わいづくり、エリアの価値向上を目的に、様々な企画を行っています。シンクスクールは、自分たちが企画を進める上で、仲間になってくれる人を見つけるために始めました。いくつか企画を実施して、参加者として参加されてくれる方はいても、継続的な関係を作るのは難しく、継続的な関係を作るためには、お互いに話す機会や考えを共有する機会の多い学ぶ場所が必要だと思っていました。全国の第一線で活躍している人たちの、リアルな活動を学んでいける場所を作りたい、と、シンクスクールが出来上がっていきました」
―札幌でやる意味とつながるのですが、アートの情報は札幌と東京で全然違うのですか?
今村「地方は、ハンデがあるといえば、あります。まず、現代アートをナマで見る機会が、圧倒的に少ないんですよね。でも、だからといって、ここで何もできない、何も生まれないと決めつけるのは狭くないかな、と思っています」
―生徒さんは、どんな方がいるのですか?
今村「個性的な人が多いのは、ずっと変わらない(笑)。社会人を経験されている方も多く、私にとっての学びも多いですし、若い人からは、新しい感性をもらったりします。最近、高校生からのお問い合わせが増えてきて、すごく嬉しいです」

学生時代は、美術に不信感も

アーティストとしても活躍されている今村さん。意外にも、学校の美術教育にはなじめなかったそうだ。
今村「私は、そもそも美術畑ではないんですね。美術が嫌いなわけではなかったのですが、絵が上手でなければ評価されないことに、ちょっと反発心があったんですよ。デザインの大学に行きたくて、予備校も通ったのですが、『上手に描かなければいけない』というゴールにどうしても向かえなかったタイプでした。けれど、19歳で現代アートに出会って、美術に対する感覚がだいぶ変わっていきました。なので今の教育の中に、どうしても入れない人たちに対するフォローや、違う道があるかもしれないということを、スクールで説明しようとしています」

―目標を聞いてもいいですか?
今村「一つは、専門家と専門的には学んでいないけれど関心のある人をくっつける役割とか、グラデーションをそこに作っていけたらいいかなっていうことです。もう一つが、条件でものごとを決めなきゃいけない人たちの受け皿になることができたらいいかなって。『地方だから新しいことを学べない』とか、『大学行って海外の主流を学んでいなければアートができない』という考えは当然あるけれど、そうじゃないルートもないと豊かじゃないな、と思っています。この場所で、今の状況だからできることを探して、もしかしたら同じような境遇の人と共感できることもあるかもしれない。目標というか、そういう気持ちでやっております」

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ディスカッションを重ねながらグループワークを進めていく(シンクスクール)

「絵が上手くなくても、アートの仕事はできる」と伝えたい

お二人とも、子ども向けの教育についても取り組まれている。
まずは、今村さんに、2020年に新しくスタートしたシンクスクールJr. (ジュニア) について教えてもらった。

スクールを始めたきっかけは、今村さん自身が子どもを持ったことも大きいそうだ。
今村 「自分たちは、この子に何をしてあげられるのか、美術から何を教えてあげられるのか、と考えたことが出発点でした。制作することが専門の学校は、たくさんあるから、シンクスクールJr.は、考えたり、話したりすることをメインにやっています。シンクスクールと同様、現場でやっている人のナマの声をお届けすることが軸ですね。札幌を拠点にアート周りの仕事をされている方に、お仕事紹介をしていただいています。アーティストやイラストレーターだったり、キュレーターだったり。来月は、弁護士でギャラリストの講師にディベートの授業をしてもらう予定です」

特にお仕事紹介は、今村さんから、子どもたちへのメッセージが込められている。
今村 「子どもたちが、小さいときから、自分を閉じ込めることがないようにしたいです。絵が上手くなければ、美術にまつわる仕事ができないと思いこんでしまう教育は、作るのが得意な人のためにプログラムがされています。でも実は、キュレーターもいるし、コレクターもいるし、いろいろな仕事、見えない仕事がめちゃくちゃあるのに、私たちは全然学ばずに来ていたんですね。『自分は、これができないから好きなものに触れていられない』っていう自分の中の『結界』を作ることを減らしたいです」
松岡「すっごいおもしろいですね」


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シンクスクールJr.の課題で、理想とする広場の模型づくりに取り組む生徒たち


小学校受験で、絵を描くのが嫌いになってしまう子どもたち

一方、ピカレスクのある代々木は、小学校受験をする子が多くいる地域。その受験科目には、なんと絵画まで含まれる。子どもたちは受験用の絵画教室で、受かる絵を描くために特訓を受ける。その結果、合格しても失敗しても、絵を描くこと自体が嫌いになってしまう子どもが多いそうだ。
松岡「そのような子どもを持つお母さまから、『昔のように、楽しみながら絵を描いてほしい』という願いを伺ったことがきっかけで、絵画教室を始めました」

―子どもたちに絵を教える上で、意識されていることはありますか?
松岡「『どんなふうに描いても、怒らないよ』と伝えることですかね。対話型鑑賞とも、ある種近いとは思います。子どもたちが描く絵を見ると、誰に習うでもなく、みんな既に自分の『変態性』を身に着けていることへ驚かされます。その『変態性』がいかに素晴らしいかを、伝わるまで、そのことに自信を持ってもらえるまで、子どもたち一人ひとりに語りかけ続けます。そうすることで、絵を描くことへネガティブな気分を持っていた子どもたちもだんだん楽しくなってきて、『ここだったら好きな絵を描いても怒られないんだ』と、生来持ち合わせていた絵を描く喜びを思い出してもらえているような気がします。そういった意味では、現在のピカレスクの絵画教室は小学校受験のリハビリ的要素があるのかもしれません。」
今村 「はー、なるほど。すごく大切な活動ですね」
松岡「小学校受験って、知らない世界だったので、初めて話を聞いたときはショックでした」

―教室に通っているうちに、子どもの雰囲気や性格も変わってくるのですか?
松岡「受験前はとても元気でわんぱくだった女の子が、不合格となった後、口数が少なく聞き分けのよい、静かな子になったことへ衝撃を受けました。ですが少しずつ、元の闊達さが戻ってきて『本当は人の肌の色は青で描きたいんだ』などと言ってくれるようになり、本当に嬉しかったです。絵を評価する際に、子どもらしさや写実性が注目されることが多いかもしれませんが、それ以外にも、子どもたちの『これやってみたい』を大切に、柔軟な評価軸を持ち合わせながら、様々な制作体験を楽しく積み重ねてもらえればと思っています」

―松岡さんの中で、今一番ホットなことは何ですか?
松岡「二つ新しく企画をやりたいなと思っていて、その上で子どものことをもっと理解したいなと思っています。一つが、小学校受験向けの絵画教室です。受かるし、子どもの個性を潰さない」
今村「最高ですね」
松岡「どう避けようとしても、受験向けの絵画教室に通わされる子どもたちが、都内に一定数いる。その子たちを、全員回収したいくらいの気持ちでいるんです。もう一つが、片親家庭とか、事情があって親と暮らせない子とアーティストインレジデンスを組み合わせた施設の運営をしたいな、と。大きめのホテルとかを1棟買って、子どもたちとか、シングル家庭の人たちとか、アーティストが共同生活をしながら、何か作りながらまわっていく仕組みのホテルを立ち上げたいと思っています」
今村「めちゃくちゃいいじゃないですか」
松岡「本当ですか?嬉しいです」

現代アートは、今までの美術教育や世間の「普通」とは、考え方が全く違う。だけど、恐れることはない。シンクスクールやピカレスクが、自由で柔軟なその世界を導いてくれる。気になるものに触れるのに、ためらう理由はどこにもない。

Link

Art Gallery Picaresque HP
Art Gallery Picaresque note
Art Gallery Picaresque作品紹介インスタグラム 
Art Gallery Picaresque絵画教室インスタグラム
Think school
Think school Jr.  
Imamura Ikuko

※表紙写真は、Think School Jr.の様子です

(文:企画2期 加藤慶子)


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