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小説家になる方法 03 響、電車を止める

映画「響」で、もう一つ強烈な場面は、映画の最後で、響が、踏切の中にとどまり、電車を止めるシーンでしょう。

芥川・直木賞受賞会場から逃げ出して帰る途中、踏切の遮断機の棒に手をかけていた男性と出会います。その男性が、小説家で、10年やっても結果が出せなかったので、終わりにすると聞かされた響は、

私も、小説を書いている、これまであなたの小説を読んで面白いと思った人がいるのだから、
「人が面白いと思った小説に、作家の分際で何ケチつけてんのよ。」
「駄作しか欠けないから死ぬ?バカじゃないの」
「傑作1本書いて死になさい」と、説教します。

「私は死なないわよ。まだ傑作を書いた覚えはない」と説得を続ける響の方が、踏切の中にいたため、電車が急停車して危機一髪助かります。
映画でも、CGでしょうが、電車が、直前に止まりました。

人に死ぬなと言いながら、自分の命については、無頓着すぎるというのが、私の最初の意見です。

上記のシーンは、原作の第44話「作者」の一場面ですが、
その前の第19話「死に方」で、響は、死について考えさせられました。

書きたいものがなくなったと告白する作家の鬼島に対して、だったら、どうして、生きているのかな と言いかけてしまったのです。
消えた作家さんは、死んだと思っていたみたいなんだけど、
「面白い小説が書けなくなって、生きている意味がなくなっても、生きなきゃいけないんだよね・・・・」と反省します。

作家の柳本さんは、第9話「才能」で、響の作品を読んだ女性作家の中島が、きっぱりあきらめて、引退する話を紹介します。
「本物の才能を見たんです。私の理想はこれなんだって思って。そしたら、私は もういらないかなって・・・・」
「半年後常連客のサラリーマンと交際を始める。2年後、32歳で結婚。・・・ 慎ましくも穏やかな家庭を築いた彼女は、「小説家をあきらめた後 幸せな人生だっった」 と自らを回顧し、82歳、2人の子供、5人の孫に囲まれ、幸せを感じながらその生涯を終える。」
と、未来話まで、紹介しています。

中途引退の悲劇は、作家だけの話ではありません。

スポーツ選手の殆どは、ある年齢にたっすると、引退しなければならず、第二の人生を始めなければなりません。

作家も、死ぬまで、続けなければいけない職業ではなく、引退して、第二の人生を始めることも、重要な決断です。

いい作品が書けなかったから止めるのではなく、傑作を1つ書いてから止めろという響の言葉は、はたして、結果が出せなかった作家にとって、救いの言葉になるのかどうか心配ですが、
作品を発表して、好きだと評価してくれる人が一人もいないことはないはずですね。

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