地獄の新人研修③
この記事は筆者の記憶を元に再現されています。前回までのお話
全力の代償
叫び声が聞こえ、人が倒れたと聞いてすぐさま先輩社員が駆け付けた。私たちもやじ馬で見に行くと、鈴木さん(仮名)が班のチームに支えられて起き上がったところだった。
泣きながら呼吸がかなり乱れている…遠くからでも見て分かった。鈴木さんは連日数時間続く絶叫による酸欠と課題の精神的なプレッシャーで過呼吸になっていた。
え…コレ、やばくね?
初めて目の前で過呼吸になった人を目撃した私は、動けなくなりその場に座り込んでしまった。しかし、先輩社員は慣れている様子で何か手に持って鈴木さんの口元に当てた。それは…入所式で配られた紙袋だった。
数年後、後から聞いた話だと、その紙袋は携帯電話没収用の袋だったらしいが、さすがにクレームが出で使わなくなったらしい。しかし、過呼吸で倒れる新人は毎年いるので、代わりに応急処置用で常備することになったという裏話だった。恐ろしすぎる。
鈴木さんは徐々に落ち着きを取り戻していき、まだ少し泣きながら部屋に連れていかれた。ショッキングな光景にテンションが下がる新人たち。その時、審査員が部屋から出てきて目の前にやってきた。そして大声で一喝。
「お前らああぁっ!何やってるんだああぁっ!人の心配してる暇があったら自分の心配をしろおおぉぉ!!」
数千年前の中国の武将は戦中、こんな感じで歩兵に檄を飛ばすのだろうか、と思わせるような鼓膜が破れそうなくらいの声量だ。このおっさん、腹式呼吸が半端じゃない。
第6の課題:2分間スピーチ(長所編)
練習部屋に逃げるように戻った私たちは、課題の続きを始めた。挨拶の課題以外は個人戦、全て合格した上位数名のみ先にこの施設から出られるようになっていた。
もうこんな場所にいたくない。一昨日は平和にゲームしながらマック食べてたのに…一刻も早く脱出するには、誰よりも早く課題に合格するしかない。森に囲まれた施設、浴びせられる怒号、閉鎖されたこの空間が余計にそう思わせた。班のメンバーも練習に力が入ってるのが分かる。
次の課題は、自分の短所ではなく長所についてひたすら叫び続ける、というものだった。「自分の良い部分をどう会社に活かしていくか」という所に焦点が当てられる。しかし基本は否定されるのでメンタルがもたない。
「自分だけ良ければそれでいいのかああーっ!!」
「ダメですううぅぅ!!!」
「会社のために全力でやれるのかああーーっ!」
「やりまずうぅぅ!!泣」
ちなみに本番部屋では机も何もなく、審査員が奥に立っているだけだ。発表者との間には10m程距離があり、【合格】と言われるまでやる恐ろしいルールになっている。
もはや誰も化粧や髪形など気にしていない。あらゆる細かい髪の毛をピンで止め、ゼッケンはズレないように安全ピンで止め、課題に合格して脱出することだけしか考えられなかった。
映画や小説に出てくるようなデスゲームの参加者って多分こんな気持ちかもしれない。それくらい特殊な空間だった。
この日は課題に2つ合格し、最後のレポートも9割くらい書き終えて順調だった。喉は腫れ、入所した時の元気な声を出せる人はもういない。会話する元気もなく、「これ、おいしいね」って隣の人と目とジェスチャーで会話するようになっていた。
第7の課題:社訓暗記
3日目、4日目が過ぎ、5日目になっていた。毎朝ラジオ体操も全力でやり、どんどん課題をこなしていかないとここから出られない。既に過呼吸で倒れる新人が出るのは当たり前の光景になり、応急処置も各班で慣れてきてしまっていた。
涙もろくなり、もうみんなの精神も極限状態に来ているのが分かる。しかし、この環境にハイになっているのか、ミスが許されない張り詰めた空気と合格したい新人の気迫で満ちている環境もキツい。
これは新人研修のはずだ。「社会人になるとは?」もうそんなことどうでもいい。とりあえず、一刻も早くここから出たい。
次の新しい課題は、事前に渡された10ヶ条の社訓を暗記して発表するという内容だ。一語一句間違えてはいけない、言葉に詰まってもいけない、審査員の目を見て叫び続けなければならない。
1日のうち少しでも暇な時間があれば10ヶ条を唱え、必死に頭に叩き込み、何とか課題をパスした。
第8の課題:仲間を認める精神を養う
「会社は組織です。自分だけではなく一緒に働く仲間のことも認め、支え、切磋琢磨していかねなければなりません。この課題はではその精神を学びます。」
リーダー(先輩社員)が険しい顔で課題の説明をしていた。もはやこちら新人側は喉もメンタルもボロボロなので魚が死んだような顔で聞いている。
「…」
「人が話してる時はしっかり返事をするんだよ!!!返事はあぁぁっ!?」
「はああぁぁい!!」
こんな感じで男女関係なく、喉がつぶれようとも容赦なく絶叫させられる。自分がまず認められないと仲間を認める精神っていうのは培われないんじゃないだろうか。
2人1組になり、相手の生い立ちや今まで努力してきたことなどを30分間話し合い、2人とも覚悟が決まったら本番部屋に行って審査員の前で1分間相手の良い所を発表する。
「よし、合格!」
1日中怒号を浴びせられているので、少しでも褒められると涙が出てくるようになった。この体育会系の極みのようなアメとムチでブラック企業の精神が養われていく。
しかし、ゴールが見えてきた。チームの挨拶の課題も何とか合格し、ゼッケンについたリボンもあと1つになった。残るは…最終課題だ。
最終課題:会社への愛を叫ぶ
ここまで来たらもう後には引けない。この施設から出て家に帰ろう。
最後の課題はラスボス審査員:取締役に変わり、止められるまで会社への思いを制限時間なしで叫び続けることだった。こちらのやる気が伝わり次第合格になるという非常に曖昧で100%不公平な課題だ。
今回の研修で学んだこと、課題を通して自分の短所や長所を受け入れ、全力で会社のために尽くすことを誓う姿勢が伝わるかどうかがポイントになる。
まだ入社前で働いてもいないのに思いもクソもないが、極限状態で若干洗脳されかけていたので愛を叫ぶ心の準備はできていた。覚悟を決めて本番部屋に入り、審査員の目の前に立つ。
「私はああぁぁーーっ!絶対にいいぃぃーっ!この会社でえええぇーーっ!結果を残しますうううぅぅーーーーーーっ!!!!!」
「本当にやれんのかああぁぁあーーーっ!」
「はああぁぁいいいいいいぃぃーーっ!」
「よし、よく言った。合格だ。」
「ありがどうございまずううぅぅ!泣」
叫び始めて3分経過、急に険しい表情が消え、笑顔で握手を求めて近づいてくる取締役。緊張感からの解放、もう絶叫しなくてもいい、全課題にパスした嬉しさ、何より家に帰れる安心感で嗚咽するほど泣いた。
数時間後、私を含め上位数名は荷物をまとめ、他の新人より先に用意されていたタクシーで帰路に付いた。残った人は合格するまでエンドレスだ。
本当の目的
こうして他の新人より少し先に出所することが出来た…時を遡ると、実は出発前に合格した人だけが入室を許される部屋に連れていかれていた。
「合格おめでとう。よく頑張ったね。実はこの研修で配属が決まるの。」
「…?」
そこで待っていた優しい女性社員に声をかけられ、また泣いてしまった。しかし言ってる意味がよく分からない。
再度聞いてみると、この研修に取締役や役員社員が参加している理由は「極限状態でも立ち向かっていける、目ぼしい新人を自分のチームに引っ張るため」だった。
課題をこなしながら、精神的に追い詰められる私たちの様子を観察し、毎晩会議を開いていたそうだ。課題を落とす人も事前に全て決まっていた。この真実を聞いて震え上がった。
こんな暗黒のドラフト会議ある?喉がいくつあっても足りんわ。ブラックベンチャー企業おそるべし。
以上、令和の時代に語る、平成の新人研修の思い出でした。この話誰かドラマにしてくれないかな。見応えあると思う…。
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