地獄の新人研修②
この話は実体験の記憶を元に再現されています。
第二の課題:レポート作成
挨拶の課題がクリアできなかった私たちは、明日も引き続き練習して合格をもらわないといけない。他の部屋からは歓声が聞こえ、合格をもらって泣いてるグループもいた。
想像しにくいかもしれないが、今の時代よりもスマホは普及していない。ツイッターやインスタも流行っていない。研修中は寝る前に部屋の中でしか携帯は使えないので、張り詰めた空気の中、1日中怒鳴られていると精神が追い詰められていく。
チラッと時計に目をやると16時20分…もう夕方になっていた。
その後、合格した班も不合格の班も全員大研修室に再度集められ、A4サイズの便せんと鉛筆が1本配られた。
【それでは今から30分間、本日学んだことをこのレポート用紙に記入してもらいます。1行目に名前と所属部署を一番上に書いて、2行目から最低8割は埋めるように。これは毎日研修の最後にやります。】
マジかよ…!!
社会人たるもの、業務報告が大事なのは知っている。でもここまでする必要ある?何よりさっきの挨拶の練習で大声を数時間出し続けていたせいで、残り20数行を埋める集中力が残っていない。
【それでは、はじめ!】
合図とともに全員一斉に鉛筆を用紙の上で走らせる。とりあえずやるしかない…学生時代に戻ったような感覚だ。頭の中に思い浮かんできた言葉を片っ端から書いていった。ゆっくり文章を考えていると8割は埋まらない。
【時間です。本日はこれで終わりにします。明日は朝6時25分に玄関前に集合してください。お疲れさまでした。】
時間ギリギリに終わり、何とか提出できた。周りのみんなの顔もぐったり疲れている。とりあえず、今日の研修は乗り越えた。やっと食事にありつける。
食事のルール
研修室から歩いて真っすぐ突き当りには大きな食堂が併設されていた。夕飯くらいは気楽に同期と楽しく食べたい。そう思ったのも束の間、入り口を抜けて配膳コーナーに行くと各班のリーダーが険しい顔で立っていた。
【班ごとに座って食べるようにしてください。食事中は私語を禁止します。】
もう無になって食べるしかなかった。食事が始まると隣同士でヒソヒソ話している人達が何名かいたが、注意されて結局黙って食べていた。食器をトレーに置く音と箸が食器に当たる音だけが広い食堂に響く。幸い、ここの食事がめちゃくちゃ美味しくてそれだけが心の支えになった。
班のメンバー全員の食事が終わると、順番に食堂を出て部屋に戻る。やっと解放された…来る前はあんなに元気だったのに、ここに来て数時間で疲れ果ててしまった。4人一部屋の2段ベッドが今日から一週間の寝床だ。
順番にシャワーを浴びてベッドに横になったら、かなり疲れていたのかそのまま眠ってしまった。
第三の課題:ラジオ体操
他のベッドからゴソゴソと音が聞こえて目が覚めた。急いで時計を見たらもう朝の6時。やばい、あと15分で集合時間だ!
光の速度でジャージに着替えて髪の毛を整える。身だしなみ(特に髪の毛)が乱れていると、また連帯責任で自分の班全員が不合格になるかもしれない。
同部屋の子達に目をやると、昨日の疲れが取れていないのかみんな無言で黙々と準備していた。5分前、玄関に向かってみんなでダッシュで走る。もうすっかり目は覚めていた。
6時25分、全員が集合場所に揃って整列した。
【おはようございます。これから次の課題を行います。全力でラジオ体操を行ってください。気合が足りない人は肩を叩くので座ってください。最後まで残ったら合格です。】
全力のラジオ体操ってなに…!?
一同体操の隊形に広がり、小学生の全校集会のような光景が広がる。しかし、同じではない。緊張感が漂う渾身のラジオ体操だ。後から知ったが、この目的は「どんな簡単なことでも全力で取り組めるかやる気を見る」課題らしい。
【チャンチャンチャラッタッタター♪ 腕を大きく前から上げて~】
6時半になると設置されたアンプから聞きなれた音楽が流れてきた。子どもの頃以来しばらくラジオ体操なんかやってないけど、体が自然に動く。
【ダラダラやるなあああぁーっ!手足の先を真っ直ぐ伸ばせ!!思いっきりやるんだよ!!1mくらい飛んでみろ!!8番、不合格!67番、不合格!】
1m飛べはいくら何でも無謀だ。開始1分で半分以上の研修生が肩を叩かれ不合格になっていた。私も足が伸びてないという理由で落とされてしまった。これ受かる人いるの…これから研修中は毎朝やるらしい。
結局80人全員が落とされ、ただ朝っぱらから怒鳴られながらラジオ体操をこなしただけという感覚が残り、嫌な気持ちで食堂に向かう。今までの人生でこんなにハムエッグに感謝したことはないくらい、朝ごはんが美味かった。
第4の課題:自己紹介
朝食後はまた全員外に集合し、新しい課題の説明を聞く。次から次へと色々出てくるが、まだ1つもクリアできていないので気分は重かった。
【社会人は挨拶だけではなく、自己紹介もしっかりできないとお客様に信用されません。今から一人ずつ、自分の名前を所属部署を名乗ってもらいます。相向かいに審査員がいるので、向こうまで聞こえたら合格です。】
これ結構簡単だからいけそうじゃない?自分の名前と所属を言えばいいんでしょ?とタカをくくっていたら、審査員のいる場所を見て度肝を抜かれた。ここからでは見えるか見えないくらいの距離…100m程先に立っている。
必然的に叫ばないと声が届かない。私の番が来た。
【私の名前はーーー!経理部のーーー!田中と申しますーー!】
声を振り絞って叫んだつもりだったが、審査員が両手で頭の上に「×」を出しているのが見える。不合格だ。
【79番、もう一度!】
【私の名前はああああーーぁ!経理部のおおおおおーっ!田中(仮名)どおおおぉぉーっ!申しまずぅぅううううーーーーっ!!】
人生で一番声を出した。こんな絶叫する自己紹介、今後使うことなんかあるんだろうか?いや、絶対ない。お客さんの会社が断崖絶壁に建ってたら、1回くらいは叫ぶかもしれないレベルだ。
向かいで審査員の両手が「〇」を作っているのが見えた。やっと1つ合格だ。
第5の課題:2分間スピーチ(短所編)
謎の自己紹介の課題が終わった後は、各研修室で班に分かれて1日行動を共にする。次の課題は「自分の短所と改善方法を2分間叫び続ける」地獄のスピーチが待っていた。
自分のこれまでの人生の中で後悔したことやミスなどを認め、社会人として働く上でその経験をより良いものに活かしていく…というのが目的のようだが、叫ばないといけない理由は絶対にない。
しかし、この研修全体の異様な張り詰めた空気に呑まれ始めていた私たちは必死に内容を考え、暗記し、覚悟が出来た人から本番部屋に向かっていった。
自分が認めたくない、見ないようにしてきた短所と向き合わざるを得ず、それだけでもキツいのに、さらに審査員からの煽りの相手の手が入る。
【お前はこれからもそうやって生きていくのかああああぁ!悔しくないのかぁぁ!】
【悔じいでずっっっ!!】
【じゃあ本気でぶつかれええぇ!全力を見せてみろぉお!!!】
【はあああぁぁい!】
【よし、合格!よくやった!】
研修生号泣。
審査委員のいる本番部屋は複数用意されていて、どの部屋からも絶叫と怒号、号泣する声、その間の待ち時間は第一の課題である挨拶の練習…と地獄のような空間だった。
連日大声を出し過ぎて喉がつぶれてしまい、かすり声しか出なくなってしまった人も多く、それでも初めての社会人の第一歩と信じてみんな頑張っていた。そんな時別の部屋から女子の叫び声が聞こえた。
【すいません!!5班の鈴木さん(仮名)が倒れました!!!】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?