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同級生だった鶴見俊輔と近角常観の息子②

 下記の記事で、思想家・鶴見俊輔と宗教家・近角常観の息子で物理学の研究者の近角聡信(そうしん)が同級生であったことに触れた。

 この記事では、彼らが同級生であった中学校を特定できなかったが、『鶴見俊輔集3  記号論集』に付属している「月報10」に近角聡信の「ニヒルな少年と温かい自由人」という文章が掲載されており、以下のように確認できた。

鶴見俊輔君が東京府立五中のA組に編入してきたのはたしか二年の初めだったと思う。何となくニヒルな感じのする少年で、まだ黄色い声を出していた同級生と比べると、喉ぼとけは出ているし、声は太く、何となく大人っぽい少年であった。(後略)(筆者が重要だと考える部分を太字とした。)

鶴見と近角聡信は東京府立五中で同級生であったのだ。興味深いのは、聡信の鶴見に対する「ニヒルな感じ」や「大人っぽい」という評価だ。『鶴見俊輔伝』黒川創によると、当時、鶴見は、有名な祖父・後藤新平や父・鶴見祐輔という有名な家系の影響から逃れようと葛藤してうつ状態にあった。また、バーやカフェに出入りして女性と交際関係を持っていた。聡信は、鶴見のこのような部分を直接は知らなかったかもしれないが、「ニヒルな感じ」、「大人っぽい」という鶴見への評価は的を得ている。

 ちなみに、上記に引用した文章によると、聡信は、鶴見の東京府立五中退学後、45年間鶴見の消息を知らなかったようだ。鶴見が聡信の『日常の物理学』の書評をしたことがきっかけで、再び交流が生まれたのがおもしろい。



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