いわし雲

一時期の猛暑は過ぎて、空を見上げればいわし雲。

季節は少しずつ秋へ向かっているようだ。

いわし雲を見ると、いつもおばあちゃんを思い出す。

ひねくれ者で、愉快で、おしゃべりで、いたずら好きで、怖い話が大好きで、とても優しかったおばあちゃん。

「よくきたなぁ。まず、ゆっくりしてぃけぇ。」

遊びに行くといつもそう言って迎えてくれたおばあちゃん。


最近、「おばあちゃん」の声が聞こえたり、「おばあちゃん」の姿を目にしたりする。

歯磨きをしている時

信号待ちをしている時

会社で一服している時

満員電車に揺られて帰宅している時

ふいに声が聞こえたり、姿が視界に入ったりする。

でも、急いでその方向を見てみるけど、大概はテレビの音だったり、街路樹だったりして、聞き間違い・見間違いだったりする。

それでも、ここ最近「おばあちゃん」の声や姿がハッキリしてきた気がする。


おばあちゃんは、僕が14歳の時に亡くなった。ガンだった。その時僕は学校の代表として海外にホームステイに行っていた。帰国しておばあちゃんの死を聞かされたのだ。だから、おばあちゃんの最期には立ち会うことができなかった。

僕は大のおばあちゃんっ子だった。

おばあちゃんはどこに行くにも僕を連れて行ったし、沢山お菓子を買ってくれた。僕は明らかにおばあちゃんの「お気に入り」であり、孫の中でも特別扱いを受けていた。

僕は両親の都合で、3歳くらいまでのほとんどの期間をおばあちゃんに育てられた。おばあちゃんの家は父の実家で、東北の田舎にあった。普通、3歳までの記憶なんてだいたいの人には無いものだけど、僕は鮮明に覚えている。

広い庭で、朝からトンボを追い回したこと。

畑でとれたトマトを丸かじりしたこと。

サイダーを飲んで、おばあちゃんにうちわであおいでもらいながらお昼寝をしたこと。

そして、夕暮れのいわし雲。

おばあちゃんを思い出す時、付随するすべての記憶の情景が色鮮やかに浮かび上がってくるのだ。

僕もおばあちゃんのことが大好きだった。

一度、おばあちゃんの家に泊まりたくない!と言って泣いたことがある。その時のおばあちゃんの悲しそうな顔を忘れない。

そんな僕が、おばあちゃんの死に目に立ち会えなかったなんて、なんだか不思議だ。

ひょっとしたら、おばあちゃんはわざと僕にだけ自分の死に際を見せないようにしたのかもしれない。おばあちゃんが大好きな僕に、自分の死を悲しんで欲しくないと思ったのかもしれない。

「よくきたなぁ。まず、ゆっくりしてぃけぇ。」

おばあちゃんの声を覚えている。


いつも、泣きたくなるほど辛い時、おばあちゃんのことを思い出す。

勉強、受験、就職、仕事、家庭、緊張しっぱなしの僕の人生において、唯一何も考えず、リラックスしていられたのはおばあちゃんと過ごした3歳までの時期だろう。

無条件で自分のすべてを受けいれてもらえていた感覚。

それはまるで楽園のような記憶。

そんな感覚を求めている。

あのいわし雲の楽園をいつも探している。

特に最近強く、その感覚を求めている。

「おばあちゃん」の声を聞いたり、姿を見るのはきっとそのせいだ。


いつもの駅の、いつものホームで、いつもの時間の、いつもの電車に、僕は乗る。

その時、僕は確かに見た。

向かいのホームに立っている「おばあちゃん」を。

小柄で腰が曲がっていて、昔と変わらぬ笑顔で僕を見つめる「おばあちゃん」を。


「よくきたなぁ。まず、ゆっくりしてぃけぇ。」


「おばあちゃん」の声が聞こえる。

ハッキリと。

空には、あの日と同じいわし雲。


「おばあちゃん」


一歩踏み出した僕の耳に、けたたましい電車のクラクションが鳴り響いた。

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