虚弱

幾度となく裏切られても、私は愛というものを信じずにはいられない。愛とは、以前定義した愛について、あれは詭弁だったのだろうか。

例えば、今日の私は膨大な孤独感を埋める為に何故、詐欺師に執着するのか。ついには詐欺師から人をたらし込む方法を教え込まれる。総ての裏工作を、勤勉を、垂れ流す詐欺師にとって、私は何なのだろうか。奴も結局は裏工作を、勤勉を、自らの心を殺す苦しみを誰かに知ってほしい人間の一人なのだろうか。それとも、私を詐欺師に仕立て上げ、巻き上げた金銭をまたその詐欺師特有の色恋によって搾取でもしようというのだろうか。

しかし、私は私自身が詐欺師になっている空想ができない。奴が言っていた、幸福な思い出の焼き増しというのが出来ないからである。私の幸福に対する感受性は大きく欠落しているような気がする。

例えば線香花火。線香花火を好きな人と二人でするのは幸福だろうか。なんとなく、幸福そうな想像はできる。しかし、そもそも好きな人というのは何なのか。厳密な想像が何もできない。私の幸福には具体性が無い。恐らく、恋をしたほうが良いのだと思う。

恋をしたほうが良い等と言っているが、現実問題私はそんなものに現を抜かしている場合ではない。遂に職が無くなった。貯金も勿論無い。更には前々から社会生活を送るのに足を引っ張っていた虚弱体質が悪化し、起き上がることが出来ない日がここ一、二週間で増えた。夏だからだろうか。薬が切れると頭痛が酷い。

詐欺師だ、詐欺師の話がしたい。私は文学の為に死にたい。文学家とはいいようによっては詐欺師である。自らの作った世界と嘘で人を惹きこむ。人の人生を変える影響を与えることもある。

私は、詐欺師の友人(そう思うことにしておく)が出来たことを心より嬉しく思う。

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