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綺譚 桜


桜はこの国における象徴的な植物だ。

桜が一斉に花を咲かせる春は、生命の息吹を強く感じさせる。

だが、この桜の花が、幸福や平和を示すとは限らない。
桜は花咲くその時に、死にゆく人から受け取った「生命のかけら」を使用する。
桜の花が備える、ほんのりとした面妖さは、そこから来ていると言っていい。

桜に住まう精霊には、人の最後の命を引き受ける権利が与えられている。

人は遅かれ早かれ死を迎え、この世を去る。
その時、肉体に残りし最後の生命の力――生命のかけらを引き受けるのが、桜の精霊の役目であった。

人の命が尽きるとき、魂と肉体は分かれ、魂は生命のかけらを伴い宙に舞う。
宙に舞った魂と生命のかけらは、桜の木へと吸い寄せられる。
魂は生命のかけらを桜の木の下に置いていき、そのままどこぞへ去って行く。

それが、「大神(おおがみ)」たちによる確固たる取り決めであった。

大神とは、人がこの地上で歩き始める前、太古の太古から、この国を創り出してきた人知を超えた存在たち。
彼ら彼女らの取り決めとあれば、どんなに力のある人間でも、あるいは精霊であっても、覆すことはできない。

桜の花びらがさらさらと落ちる、ある春の日のことである。

小高い丘に立つ大きな桜の木の前に、女が現れた。

着物は、藍色の布地に赤い刺繍。
鮮やかな文様からは、高貴な出自の者と知れた。

手に持つのは、白い鞘に収まった短剣である。

女は桜の前に立ち、
「お頼み申す」
と、甲高き声を張り上げた。

「私の子の魂と、その生命のかけら、子の身体へと戻してくれたもう」

次いで女は白き短剣を差し出した。
「そうしてくれたら、この白き短剣をあなた様に差しあげます」

白き短剣の鞘には、いくつもの朱色の宝石がはめられている。
月明かりに照らされてかすかに輝く。

滅多なことでは人に関心を示さないのが、
精霊という種族の常だ。

しかし、今回ばかりは違っていた。
興味を持った桜の精霊は、人に見える形をまとい、ふわりと地面に舞い降りた。
この国で使われている人の言葉で、女に語りかけた。

「汝の子とは、どの子どもだろうか」

「今はまだ死んでおりません。病に伏しており、医術師や陰陽師によれば今夜が山とのこと」
「もし、我が子の生命のかけらが、あなた様のところに来たら、どうか子の魂と生命のかけらを身体に戻していただきたく」

ずいと白き短刀を差し出し、女はさらにこう言った。
「この白き短刀、あなた様のものにしてください」

精霊はその短刀にいたく興味を持った。
美しき短刀は、おそらく人がつくったものではない。
大神たちの手により、太古につくられたものではないだろうか。

「なぜそなたの家に、そのような短刀があるのだろう」

「子の父に当たるお方より、預かっておる短剣にございます」

女が鞘から刀を少し抜いた。
鞘の宝石よりも輝く鉄の光は、ただならぬ品と一目で分かる。

「もらい受けよう。して、そなたの子の名前はなんという」

精霊との約束は果たされた。

桜の精霊の前に現れた子の魂は、ほかの魂とは違った煌めきを放っていた。
まるで女から譲り受けた短刀のようであった。
魂の煌めきは、短刀以上に精霊の興味をそそった。

やってきた子の魂に向かって、桜の精霊はこう述べた。

「煌めく魂は、この人の世では、ひどく羨望の的になり、その存在を疎ましく思われるものだ。だからこそ磨かれるものがある。魂よ、生命のかけらと共に、元の身体に戻られよ。荒波の中でその煌めきを磨け」

後に、桜の精霊は、風の精霊から耳にした。
女は、ある一人の大神との間に子を成していたらしい。
短刀は、人が暮らす世界に長くはとどまれない大神の一人が、愛した女と子を守護するべく渡したものであった。

この国はその後、国が興されてから何度目かの大きな動乱を迎えた。
桜の精霊は、自らが生き返らせた子が、この国の長として立ち、動乱を平定したと聞いた。

桜の精霊自身もまた、大神たちの掌の上で動いているのだろうと悟った。

桜の精霊は、王になった子が、桜の前に現れるのを待ち続けている。
できることならば、生命のかけらを引き受けるその時よりも前に、目の前にやって来ることを願っている。

子のために命を燃やした母の記憶と、桜の木の下に納められた短刀と共に。

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■おまけ:トップ画像について

ずいぶん昔に撮影した、桜の花の画像です。今回の創作綺譚は夜のシーンを描きましたが、個人的には昼間の桜が好きですね。


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