2022ベスト作品たち

 調子に乗って今季触れた中で良かったエンタメ、芸術についても触れてみたい。返す返すも今年はとても印象深い、興味をそそられる作品にふれる機会が多かった。世の中が確実に不安定な方に向かっているからか、受け取る側の心持ちが年を経るごとに変わってきたからか、はたまた単にめぐり合わせが良かったからなのかは知らないが、確実に豊作と言える年であった。私が思い出して余韻に触れるためにも、読んでくれた人に紹介するためにも、(必要なものはネタバレを回避した上で)ここに記しておきたい。

1月 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

 前々から見に行こうと思っていたウェズ・アンダーソンの映画。大大大好きな『グランド・ブダペスト・ホテル』よりかは幾分入り組んだ、少しとっつきにくい構成であったが、独特の色彩感、小物の一つ一つまで世界観が染み付いているところなんかは前作よりも貫徹されていたと思う。故に一つ一つの要素を確認していると映像があっという間に流れていってしまい情報処理が追いつかないという減少が度々発生する。物語の展開も読めない。ティモシー・シャラメがなよっとした少年で通常運転な感じだな……と思っていたら最後にあっと驚く結末を迎えたりもする。エイドリアン・ブロディ演じるとぼけたアートディーラーの風刺の利いた立ち回りも印象的だ。
 総じてこの映画、映画という形で鑑賞するのがベストなのか、だからこそ雑誌という体を取っている映画なのか……と思ってしまう不思議な、しかし面白い作品だ。好む好まないはさておき、あまりない鑑賞経験は必ず約束できる。


3月 アニメ『平家物語』

 歴史好きとしてこのアニメは見逃すわけにはいかなかった。山田尚子さんの作品は『聲の形』とか『リズと青い鳥』で目にしているのだが、柔らかい光の描写、平面的な人物の描き方などがきっと平家物語の世界観に合うだろうと始まる前から思っていた。一般的にはとっつきにくい題材だったり1クールで物語を負えないといけなかったり様々な制約があったと思うが(ゆえにオリジナルキャラクターを語り部にする体にしたのだろう)、まずこうした作品をアニメに持ってきたというところに平服!であるし、文字通り絵本の中から出てきたようなキャラデザ(高野文子)とあえてモダンでシックな音楽(牛尾憲輔)もこれしかない!というものだった。なにより徳子の声が早見沙織さん、これは多分原作に詳しい人とかでも解釈一致だろうし、全体の声の中でも特に印象的だった。いかなる状況でも毅然さを失わないやんごとなきキャラクターの声といえばこの人で間違いないだろう。


4月 サマセット・モーム『月と6ペンス』

 美術とかに近いところにいる人間でこの本を読んだことがある人は結構いるはずだ。古典的名著という類の本であるし、原田マハなりカズオ・イシグロなり芸術家が出てくる小説の元祖というか、原典というか、そうした存在である。いま世の中に氾濫している、破滅的なタイプの芸術家イメージというものの多くはこの作品に源泉を見出すことができるといっても過言ではないだろう。
 早い話がゴーギャンとゴッホを足して割ったような画家が生活や家族の全てを捨てて画業にのめり込み破滅して死んでいくさまを、凡人たる第三者の視点で俯瞰していくというあらすじなのだが、生きづらさと理想郷、憧憬と現実、欧米とタヒチ、天才と凡人といった材料がふんだんに―ちょうどいい、模範的ともいう塩梅に―盛り付けられていて、自分もこうしたものを書いてみたい!とすら無邪気に感じてしまうほどであった。
 結局のところ主人公の目線では、画家ストリックランドがタヒチで晩年を過ごしたのが幸せだったように映っているが(その際の釘の例えも印象的だ)、実際彼がどう思っていたかなどは最後まで語られない。私は案外そうでもなかったのだろうと思うし、作者もどこかそう考えているフシがありそうだ。それぞれの人にはそれぞれの地獄がある。そして世の中には何人ものストリックランドがいるが、もっと多くのストリックランドになれない人だっているのだから……


6月 マーダーミステリー『籠の燕は夜、夢を見る』

 シナリオの登場人物として謎を解いていったり隠し通していったりするパーティーゲーム、マーダーミステリーを去年からちょくちょくやっているのだが、この作品は特に別格といえる面白さだった。特性上ネタバレ厳禁なので多くは言わないが、大正時代の寝台列車で探偵が被害者となる殺人事件が起き、乗組員が解決していくというストーリーということを最低限述べておく。大正レトロを感じる装丁だったりも個人的に楽しめた。しかし気になった人は四の五の言わずに、8人集めて予定を合わせてやってみてほしい。配信者さんも動画をあげているが、これは見るよりも演じる方が格段に楽しめるタイプのシナリオだろう。「大人のままごと」であるマーダーミステリーの魅力を存分に味わってほしい。


7月 マンガ『チェンソーマン』

 話題作でありアニメになるというので電子版で買って読んでみた。作者が美大出身で映画好きという属性ゆえなのか、マンガの造りが西洋絵画的アイコニック、すなわち「絵で読む」タイプのものであり特に我々のような属性の人がハマるように作られている。『鬼滅の刃』はマンガ的なボルテージを第一に感じたのだが、別のベクトルでハマってしまったのだ。ニクいなあ~というのが読んだあとの第一感だ。それでいて大衆的人気も獲得しているのだからマジですごい。個人的な感想としては、初めと終わりの花のモチーフが美しかったりするレゼ編が一番物語として洗練されていて、次ページの展開すら読めない刺客編が一番好みなところであった。トーリカの師匠はいいぞ。なお前者については始終まさしく映画で観ているような感覚を味わえたので、来年の冬あたりアニメ映画で見てみたいなあ……(MAPPAの方を見る)


8月 映画『四畳半タイムマシンブルース』

 3週間しか公開されていない映画だったが、ギリギリ見逃さずに済むことができた。もう12年(!)前になるアニメ版『四畳半神話大系』のスピンオフだが、それ以来自分が経てきた時なども相まって特別な鑑賞経験になった。声優さんもメインキャストの人はほぼほぼ続投で懐かしさ全開であった(その分藤原啓治さんが惜しいが……)。アニメ版のザラザラっとした質感の映像に比べると少し「綺麗」な感じの画面になっていたのが多少の違いというところか。下敷きになったヨーロッパ企画の『サマータイムマシンブルース』は未見だったのだが、機会があれば必ず見に行こうと思う(個人的には未見で映画を見てよかったと思う)。
 しかし「四畳半神話大系」の小説は17年前、時の流れは恐ろしい……


10月 彩の国シェイクスピア・シリーズ『ヘンリー八世』

 シェークスピアの歴史劇が好きなので、奮発して大阪であった公演に行ってみた。吉田鋼太郎、阿部寛とか錚々たる俳優が出ていたのだが、やはり生で見る演劇は空気とか呼吸とかが直に感じられるのでとてもよい。月次な感想だが本質的にはそれに尽きる。それだけではなく注目していた年の近い若い俳優たちもめちゃくちゃ存在感があって驚かされた。半分は彼らを見に行ったようなものだが、十二分にお釣りが来るほど堪能することができた。最後の方で客席の間をキャストが行進するシーンがあるのだが、阿部寛はひたすら貫禄がすごいし金子大地はひたすらカッコよかった。台本について言うと、やはりひと(枢機卿ウルジー)が寵を失い没落するのを見るのは、他人事である限り楽しいものだ。余談だが、自分が一番好きなシェイクスピアの歴史劇が『リチャード2世』なのもこうした理由なのだろう。


12月 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』

 歴史好きでシェイクスピア好きなら今年の大河ドラマにハマらない訳がない。大河ドラマは面白ければ通年見て面白くないと中断するというライトな視聴者なのだが、今回は文句なしに1年見通した。個人的には2017年の『おんな城主直虎』以来の大満足といったところだ。ちなみに三谷大河は『真田丸』を留学のため途中で中断するという残念なことになっていたので、今回が『新選組!』に次いで二度目の完全視聴である。
 一年間見てみて通底していたのがシリアスな展開、凄惨な粛清の合間に挟まれるコミカルなシーンだ。感情が迷子になる……というところなのだろうけど、実際当事者もそんな具合に命の駆け引きをするヤバい只中にあっても適当なところで笑ったりしていきていたのだろうという説得力があり、登場人物がより生き生きとした生身の人間として実感できた。最終回の終わり方も、巷でいうほどそこまで類を見ない終わり方というわけでもなかったが、あれしか無い必然性のあるエンドであったと思う。ガッキーや堀田真由さんのいた頃がどれほど平和だったか……(そうでもないはずなのだけど)
 親も見ており今までの権力欲の強いヤバいオバサンとしてイメージしてた北条政子像が大きく変わったと言っていた。正しくそのとおりだろう。
 あまりに気に入ってしまったので今月始めに伊豆、鎌倉にも行ってきた。関係者各位の墓参り、史跡めぐりがメインだったのだが関西とは違う歴史文化を堪能し、かつ鎌倉が何と血の濃度が濃い町であったかをしみじみと回想しつつ過ごすことができた。見てきた人と感想を朝まで語り合いたい、そんなドラマであった。

源頼家の墓@伊豆・修善寺


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?