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デビュー作が最高作となったオペラ作曲家たち④ ボイト

ボイト『メフィストーフェレ』(1868年)

かつての敵と和解して偉大な功績をあげる ボイト

作曲家ボイト(1842~1918)もまた自分で台本を書き、若いころから文学・音楽の両面で才能を表していました。
まだ若かった頃、彼は同じく自分で台本を書き、既に前衛的なオペラをいくつも発表していたドイツの作曲家ワーグナーの音楽に惹かれます。
それと同時にイタリアの大作曲家ヴェルディやその他の作曲家たちを因習的だとして批判しました。
そうした中で書かれたのが『メフィストーフェレ』です。

しかし彼はこのオペラ以降はオペラの台本執筆で主に活動していきます。
そしてかつて反目したヴェルディと和解した後、ヴェルディ最後の2つの素晴らしいオペラ『オテロ』と『ファルスタッフ』の台本を書いた人物として永遠にその名が記憶されることになるのです。
このエピソードはまた別の機会で取り上げますね。

反逆児時代の意欲作は大失敗 『メフィストーフェレ』

このオペラの原作は文豪ゲーテが書いた大作『ファウスト』で、オペラのタイトルはファウストを誘惑する悪魔メフィストフェレスから採ったイタリア語名です。
数多くの作曲家が『ファウスト』の音楽化に挑戦しましたが、あまりにも長大な内容なので物語を改変したり、一部分のみに音楽を付けるのがやっとでした。
それに対してイタリアオペラ界の反逆児ボイトは全編のオペラ化に挑んだのです。

ですがこの『メフィストーフェレ』の初演は恐ろしいほどの大失敗に終わります。そしてたった2回の上演で一旦お蔵入りとなってしまいました。
長すぎる内容と当時としては前衛的な音楽などにより、劇場でも怒号の飛び交う惨憺たる結果。2度目の上演でも騒ぎは起こり、遂に警察の出動となってしまったそうです。

その失敗を受けて彼はすぐにオペラの改訂に取り掛かりましたが、それでも再演までには7年を要しました。
この間にボイトはオペラの場面を整理し、伝統的なスタイルに改めました。またオペラの聴衆も多少前衛的な音楽というものに慣れてきており、再演では成功を収めることができたのです。
そして現代では大変人気のあるオペラとなっています。

それでは物語を説明しましょう。
ほぼ原作『ファウスト』に沿っていますが、特に後半のエピソードは大胆にカットされています。

生涯何にも満足することがなかったファウストはメフィストーフェレの誘惑に乗って魔法によって若返り、彼が連れて行ってくれる未知なる世界に満足を探しに出かけます。
そして素朴な娘マルゲリータや古代の美女ヘレナとの恋、魔界への旅などを経験しましたが、彼は決して満足することはありません。

焦るメフィストーフェレはファウストを再び旅に誘いますが、ファウストには既に人々が幸福に暮らすという美しいビジョンが見えていました。
その時、彼は信仰に目覚めます。
そして自らが思い描く理想の世界に満足した時、天使に迎えられながら息絶えます。
そしてファウストの魂を神にまんまと奪われて悔しがるメフィストーフェレの叫びと、それを上回る天使たちの合唱で幕となります。

神への帰依が死の恐怖を克服させる 『マルゲリータの最期』

このオペラから紹介したい場面はたくさんあるのですが、ここではファウストと恋に落ちたマルゲリータの最期の場面を紹介しましょう。

彼女と逢引するためにファウストが渡した眠り薬を母親に過剰に飲ませてしまい、母親は死んでしまいます。
しかも錯乱した彼女はファウストとの間の子供も殺してしまい、これらの罪で死刑を宣告されて投獄されています。

マルゲリータを救いに来たファウストとメフィストーフェレ。しかし正気を失った彼女は彼らと逃げることを拒否します。
息も絶え絶えになって「主よ、お許しください」とマルゲリータがつぶやいたとき、突然に天上の音楽が流れ始めます。それと同時に迷いを払拭した彼女は全てを神に委ねるのでした。

「彼女は裁かれた!」と勝ち誇るメフィストーフェレ。ですが天上からは「彼女は救われた…」という声が聞こえてきて幕となります。

マルゲリータの錯乱から正気へ、そしてバックに流れる天上の音楽とかすかに聞こえる救いの声。
素晴らしいの一言しかありません…

駆け出しのくせに大御所に楯突いていたボイトでしたが、この作品で彼は見事に自分の才能を証明してみせました。
それはかつて反目しあっていた大御所ヴェルディも彼にオペラ作曲の再開を勧めるほどだったのです。
ですが非常に長い期間をかけて作曲されたオペラ『ネローネ(皇帝ネロ)』は完成されることはありませんでした。
ボイトもまたファウスト同様に簡単には満足しない人だったのでしょう。



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