【自己紹介】輝く瞬間のなかった「これまで」と「これから」
はじめに
はじめまして、「たかなし(30代男性)」と申します。
5年間の保育者勤務を経て、現在は大学で保育者養成をしています。
1児の父親であり、現在妻が2人目の子どもを妊娠中です。
論文執筆に向けたメモや練習も兼ねて
子どもとの関わりや子育てに興味を持つ方々に向けて、面白くかつ有益な内容を提供することを目指しています。
どうぞよろしくお願いいたします。
それでは、自己紹介を兼ねて、私の これまで と これから について書かせていただきます。
何も続かない男の子が抱く夢「保育園の先生」
勉強、部活、習い事、何も続かない…
昔から何においても「継続する」ということができない子でした。
これまでやった習い事は数知れず。
ピアノ、習字、水泳、サッカー、公文、等々
ピアノは個人レッスン中に居眠り
水泳は自分で仮病を使って欠席連絡
習字は最短記録2週間(週2回)
公文は宿題が嫌すぎて、こっそり宿題を川に流してていたし
サッカーは人数足りずに試合に出れたけど、走ると疲れるので気づけばやりたくもないサイドバックに。
大人になってからTVで長友のオーバーラップを見て「これがサイドバックの動きだったのか」と驚きました。
自分でもびっくりなんですが、親からさせられたことなんで一つもありません。
全て自分から「やりたい」と言って始めるも、半年も続かない。
そんなどうしようもない私でしたが、唯一抱いていた夢がありました。
それが「保育園の先生」です。
いとこが生まれ、夢が生まれた
小学3年生のとき、いとこが生まれました。
そのいとこが可愛くて可愛くて、よく母について遊びに行きました。
私自身、2人姉弟の2番目だったので弟妹がいなかったこともあったかも知れませんが、いとこと遊ぶのが楽しくてたまりませんでした。
生まれたてはごろごろしているだけだったのが、気づけばハイハイ、つかまり立ち、あっという間に公園で走り回り、怖いと言っていた滑り台もいつの間にか楽しんでいる姿に、小学生ながら、いとこの成長が嬉しかったことを覚えています。
そんな姿を見た母が私に一言「保育園の先生とかいいんじゃない」
私の中に「保育園の先生になりたい」という夢が生まれました。
小学校の卒業アルバムに「やさしい保育士になる」と書いた自分
人生初めて決断した瞬間だったんじゃないかなと、今振り返って思います。
大学での学び、資格取得
もちろん基本が「続かない」です。
中学はバレーボール部に入り、顧問が怖すぎたためギリギリ3年間続きましたが、その反動?高校はバレーボール部を1ヶ月で辞めて、そのままサッカー部に入り1ヶ月で辞めました。
それでもなお「保育園の先生になりたい」気持ちは変わらず、保育者養成課程のある大学に進学しました。
大学の学びは、高校までの学習とは違い、楽しくて仕方ありませんでした。
子どもの発達等を学ぶ座学の授業や、遊びを企画、体験する演習授業、保育施設での実習など、理論と実践が一体となって学ぶことができました。
それに加え、私が進学した大学は「福祉」を学びの基礎としてカリキュラムが組まれていました。
「福祉」の対象は、人間社会全体です。
内容はとても広く、不確かなものだと思います。
具体的には、高齢者、障害者、更生、地域、等々、他にも挙げるとキリがないですが、「子ども」は「福祉」の一部であると言えます。
これまでの「保育園」しか見ていなかった私でしたが、大学での学びを通して、「子どもを取り巻く社会全体」というより広い視点を持つことにつながりました。
大学在学中に取得できた資格は4つです。
・保育士
・幼稚園教諭一種
・社会福祉士
・大型自動車免許
そして就職活動を経て、地元の幼保連携型認定こども園から内定をもらい、保育園の先生になることができました。
小学校の時のいとこの誕生は、運命的だったと思います。
就職の面接試験で、よく聞かれること
「あなたが保育者を目指した理由は何ですか」
私は「いとこと遊ぶのが楽しくて、かわいくて、気づいたら目指していました」と話しました。
面接員のリアクションは覚えていませんが、自分が自信たっぷりに話したことは覚えています。
集団面接だったので、私の後にもそれぞれ答えていました。
その中の一人は
「東日本大震災のとき、避難所のボランティアに参加しました。そのときに感じたのは『子どもの笑顔が、みんなの笑顔につながっている』ということでした。子どもの笑顔を守ることが、みんなの笑顔に,そしてよりよい社会につながると信じ、保育者を目指しました。」
素晴らしすぎる回答に、面接員は大きくうなずき、笑顔になっていました。
面接員のリアクションは今でも忘れません。
いろいろありましたが、無事内定をいただけました。
これまで輝く瞬間がなかった自分の人生でしたが、唯一続いた夢「保育園の先生」
「続かない」男の子が、少しずつ成長しているような気がしていました。
人生で初めて味わう達成感。
文字にするとなんだか薄くなりますが
本当に嬉しかったです
充実の保育者人生
5年間の保育者経験
いよいよ保育者としての勤務が始まりました。
初めて保育園の門をくぐったとき、緊張と興奮が入り交じった気持ちでいっぱいでしたが、すぐにその場所が私の第二の家になると感じました。
5年間の間に、数え切れないほどの思い出があります。
子供たちの成長や変化、保護者との信頼関係の構築など、それぞれが私にとって宝物です。
子どもたちの「できた」「初めて」「楽しい」は私の心に永遠に残っています。
また、保護者からの感謝の言葉や信頼は、私にとって非常に励みとなりました。
「我が子を預ける」という信頼がどれほど大きなものであるか、私自身が親になって改めて感じます。
その信頼は私にとって「お金」には代えがたい「やりがい」でした。
いや,お金もほしい。
「やりがい」が大きすぎるというもの保育者の処遇改善が進まない一つの要因ではないかと感じます。
この話は長くなるのでここらへんにします。
連絡帳にコーヒーをひっくり返した話
ある日、保護者の連絡帳にコーヒーをこぼしてしまったことがあります。
昼休み、連絡帳を書いているとき、それがひっくり返ってしまいました。
10冊ほどの連絡帳が一瞬で茶色になりました。
大変なことをしてしまいました。
お迎えのときに,一人一人謝罪をしました。
連絡帳は、子どもの園生活を伝える非常に重要な資料となります。
保護者にとっても育児日記として活用したり、思い出を振り返るときに役立ったりいわば、宝物です。
それでも、保護者のみなさんは、コーヒーをひっくり返した大事件を
笑いと笑顔に変えてくれました。
「休憩してたんだね。休めててよかったね」
「怒られなかった?」
「見るたびに思いだせるね。思い出だね」
保育者としての私を支えてくれた保護者の皆さんには感謝してもしきれません。
「保育者」というプロ集団
保育者としての経験を通じて、チームワークの重要性を強く感じました。
保育者たちは、子どもたちの成長と幸福のために力を合わせ、協力して働くことができる素晴らしいチームです。
そのチームワークは運動会や発表会等の行事前に大いに発揮されます。
縫い物が得意な先生
ピアノが得意な先生
子どもの意見を汲み取ることがうまい先生
脚本が得意な先生
メディア機器の扱いが得意な先生
等々
子どもを愛する皆がお互いを尊重し、助け合い、成長し合う姿勢は、私にとって大きな学びでした。
保育者としての5年間は、私に多くのことを教えてくれました。
子供たちの純粋な笑顔や成長する姿、保護者との信頼関係、そしてチームとしての協力の大切さを学びました。これからも、私はその経験を胸に、子供たちと共に成長し、未来を築いていきたいと思っています。
この経験は私にとって大きな学びの場であり、実践的な保育技術や子どもとの関わり方を学ぶ機会となりました。
こども園での勤務を通じて、子どもたちの成長や発達に関する理解を深め、保護者や地域との連携を強化することの重要性を学びました。
趣味=保育者としての自分磨き
ここで少し余談ですが、趣味に没頭するって楽しいよね!(いきなりなれなれしい)
私の趣味は
ギター
音楽フェスに行くこと
スノーボード
です。
これらの趣味は、保育者としてのスキルアップに繋がりました。
まずはギターですが、プライベートでは友人とバンド活動をしたり、作曲したり等、クリエイティブに楽しんでいました。
保育園では、子どもたちと新しい音楽を作ったり、一緒に歌ったりしてするのは超楽しいです。
ピアノを活用する先生が多い中で、子どもたちにより多様な音楽体験を提供することができていたと思います。
では,子どもたちにとってはどうだったのかというと
・散歩先でギターを持っていき、戸外で歌って楽しむ経験ができたこと
・「ギターしてみたい」という心情が生まれ、空き箱や輪ゴムを使ってギターを作る子がいたこと
等々
子どもたちの心の中にも、少なからず何か伝わっているのではないでしょうか。
次に、スノーボードはストレス発散に最高です。
自然の中で遊ぶことで、リフレッシュできるし、ポジティブなエネルギーが湧いてきます。
保育者としての毎日は本当に忙しいけど、スノーボードでリフレッシュすればまた元気になれました。
本島に余談でしたが、趣味は忙しい保育者としての自分を奮い立たせ、充実させてくれました。
怒涛のライフイベント、そして転職へ
結婚と転職
長い間付き合ってきた彼女と、ついに結婚することになりました。
幸せな結婚式の日が迫る中、思わぬ出来事が起こったのです。
結婚式の3日前に、転職の話が私のもとに舞い込んできました。
その時の私は、複雑な心境に揺れ動いていました。
愛する彼女との結婚を控えているのに、新たな職場での挑戦の可能性が現れました。
正直なところ、このタイミングでの転職の話には驚きを隠せませんでした。
結婚式の準備に追われる日々で、体調を崩していた彼女には、この話を打ち明けることができなかったのを覚えています。
しかし、結婚式が終わり、ひと段落ついた頃、彼女に話すことができました。
彼女は私の転職がとても心配だったようです。
私たちの新しい生活が始まる前に、将来についての不安を抱えることは当然のことだと思います。
私自身も、保育者という仕事が大好きであり、転職することに対して葛藤していました。
保育の世界で培った経験と関わり合いを失うことへの不安、そして新たな挑戦の魅力との間で、心が揺れ動いていました。
情けないことに、転職について決めきれず、私は父や先輩、友人に相談しました。
彼らの助言や意見を聞きながら、私の心の中で葛藤を繰り返し、転職を決意しました。
その間なんと1週間。
返答期限が差し迫っていたので、人生で一番濃くて疲れた一週間でした
私が勤める保育園の仲間たちにも転職の話を打ち明けました。
みんなとても残念がっていました。
私たちがチームとして培った絆や信頼があるからこそ、彼らの反応は私の心を揺さぶりました。
しかし、最後にはみんなも私を応援してくれました。
彼らの温かい言葉と励ましは、私にとって大きな支えとなった。
私は決断し、新たな一歩を踏み出すことになりました。
彼女や仲間たちの支えがあったからこそ、その決断をすることができたのだと思います。
第一子誕生、大学院進学
なんと、第一子の誕生と大学院の進学が同じタイミングでした。
転職の際に、大学院への進学が今後必要となることを含めて伝えていたので、認めてくれましたが
これは妻からすればたまったもんじゃなかったと思います。
娘には、子どもが生まれるタイミングで転職や大学院に行くようなパートナーを選んでほしくないです。(冗談です笑)
結果的に3年をかけて、やっと卒業しました。
感無量です。
この3年間は妻と娘の、とんでもない我慢の上で成り立っている環境でした。
せっかくの休日なのに、妻はなんとか僕に仕事する時間を作ろうとしてくれたり、
それでも課題に追われて、娘にたった1冊絵本を読むのがしんどい日があったり、
パパと一緒に寝たい〜って泣き声聞きながらパソコンに向かう夜があったり、
思い出すと今でも泣きそうですが、とにかく心から感謝です。
同じ子を持つ友人も、私を支えてくれました。
子どもとの時間を確保するために朝3:30出勤する父や、
仕事しつつ夜泣き対応のすべてを引き受ける父等々、
多様でイカれた(←褒め言葉)親たちを目にして、大変なのは自分だけじゃないと思えました。
母子の関係も尊重しつつ、自分の役割とは何なのか、これからもひたすら考えたいものです。
そして感情的である自分の機嫌を自分で取るという絶妙な体調管理も必要となった結果、
スキンケアと腸活とオートファジー効かすことが精神衛生上とても自分には合ってることに気がつきました。
怪しい何かにハマったわけではなく、実際の効果もよくわからんけど、シートマスクと発酵食品とりんご酢に感謝です。
楽しいこともたくさんあり、色んな園で色んな先生方とお話しさせてもらえたことは本当に貴重な経験となりました。
本当に本当に本当に大変な仕事なのに、その中で保育者は愛情と辛抱強さを持ち続けていることを(他にもいっぱいありますが)この3年間で再認識しました。
インタビュー、アンケートに答えてくださった先生方をはじめ、全ての保育者さんに心から感謝しています。
正直研究についてはさっぱりなので引き続き精進します。
保有する資格と学位も、私の保育者としてのキャリアに大きな影響を与えています。
保育士資格、幼稚園教諭一種、社会福祉士の資格に加え、修士(学術)の学位を取得したことで、
保育理論や研究を通じて保育の質の向上に貢献できたらいいなと思っています。
これから〜育休取得、父親3.0へ〜
父親3.0へ
「父親3.0」
平野翔大さんが著書「ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ」のなかで紹介している言葉です。
私は1児の父親であり、現在2人目の子供が妊娠中です。
今の目標は育児休業を取得し、約1年間仕事を離れて、しっかりと家族と向き合うことです。
より深く妻や子どもたちと向き合い、親としての責任や喜びを体験したいです。
仕事でも自身の子育て経験から得た知見や気づきを生かすことで、より良い保育者養成の実現に貢献したいと思っています。
「子ども」「子育て」は単に職業だけにとどまらず、自分のライフワークとしてして情熱を持って取り組んでいます。
おわりに
これが2024年4月現在の私です。
私の目標は、子どもたちが健やかに成長し、自己実現できる社会の実現です。
そのためには、子どもを取り巻く大人の役割が非常に重要であり、私はその一端を担うことを誇りに思っています。
子どもや子育てに関する情報をより多くの人々に届け、子どもたちの未来に希望と可能性を与えることが私の使命です。
これからも、私の経験や知識を活かし、子育てに関する情報を発信し続けていきます。
私の自己紹介をお読みいただき、ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
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