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ネタニヤフ首相が提出したガザ戦後計画案

イスラエルによるガザでの軍事作戦は、南部の主要な町であるハーン・ユーニスの制圧をほぼ終え、エジプト国境沿いにある最南端の町ラファへの大規模な空爆を2月から開始し、ガザ全土の制圧に向けた最終段階に入った(下図参照)。ラファは人口27万人程度の小さな町であるが、ガザの人口の半数以上となる100-150万人規模の市民が避難してきており、イスラエル軍の攻撃による人道被害が拡大することが懸念されている。エジプト、カタール、そして米国が仲介するハマースとの停戦についての協議は継続しているものの、イスラエルは停戦条件について強硬な姿勢を崩しておらず、攻勢の手も緩めてはいない。

出所: Institute for the Study of War

イスラエル国内の報道によると、軍はラファでの地上作戦の準備を既に終えており、後は政府の決断を待つのみとなっている。しかし、避難民の取り扱いやエジプト国境付近で作戦を実施することのエジプトとの調整が出来ておらず、作戦の開始が遅れているとされる。また、ラファでの軍事作戦の開始前に、ガザの戦後統治の方針について決定すべきだとの声も閣内から上がっていた。

そのような状況下において、2月22日、ネタニヤフ首相は治安閣議にて「ハマース後について(The Day After Hamas)」と題する戦後計画案を提出した(以下画像)。

上に見られる通り、同計画案は2頁に満たない短い文書である。内容もあくまで原則を記したものに過ぎず、これまでネタニヤフ首相が断片的に述べてきたことを概ね反映したものとなっている。同計画案に法的な拘束力はなく、この計画通りに戦後統治が実施されるかは依然として不明だが、これが公式な文書として作成され閣議に提出されたことは、一つの通過点として一定の意味を持つだろう。

以下は、Googleの画像翻訳を用いて筆者が作成した計画案全文の仮訳である。原文の一部は各種メディアで翻訳して報じられているものの、全文の翻訳が見当たらなかったことから、苦肉の策として機械翻訳を使用した。ヘブライ語から日本語への翻訳は精度が低かったため、ヘブライ語から英語に機械翻訳した後、英語から日本語には筆者自身で翻訳している。

まず、文書の内容は、米国や国際社会の要請をほぼ無視しており、事実上のガザの再占領を公式に決定するものとなっている。国際法上、ガザ地区はイスラエルが占領している地域と見なされているが、イスラエルは2005年のガザ撤退以降は占領を継続していないと主張してきた。戦後計画案ではガザの統治に現地職員を「可能な限り」活用するとしているが、ガザ住民の主権をほぼ制限したかたちとなっており、イスラエルの戦後統治が国際社会から非難されることは免れないだろう。文書では米国やエジプト等のアラブ諸国との協力が謳われているものの、パレスチナ人の意思を無視したイスラエルの一方的な計画に手を貸すことはイスラエルによる占領を追認することと同義であり、これらの国々からの協力が得られる可能性は限りなく低い。戦後統治においてパレスチナ自治政府の役割にも言及がなく、二国家解決案を支持する国際社会とイスラエルとの隔たりは大きい。

一方で、イスラエルの国内政治の文脈においては、極右政党の要望を排除した、「中立的」な内容に絞られたと言える。連立与党として政権に参画している宗教シオニズム党のスモトリッチ財務相やユダヤの力党のベングビール国家治安相からは、ガザ地区における入植地の設置や、ガザ地区の占領の恒久化、パレスチナ人のガザ地区外への移住の促進などが叫ばれていたが、そうした主張は文書に反映されなかった。ネタニヤフとしては、国内政治と国際政治の間でバランスを取ることが求められる中、双方が妥協可能な落としどころを探った結果であろう。戦後計画の文書にも関わらず、UNRWA批判や国際社会によるパレスチナ国家の承認を牽制する意図などが滲み出ているのは、国内の極右勢力に留飲を下げてもらうためにあえてそのような表現を用いたものと考えられる。しかし、極右勢力は現状に満足しておらず、ベングビール国家治安相はラマダーン期間中にイスラエル・アラブ人を含めたムスリムのアル・アクサー・モスクへの立ち入りを禁止する案を提唱している。同案はイスラエル国内でも反発が強く、総合保安庁(シンベト)からは、ハマースに聖戦の口実を与え、ヨルダン川西岸情勢を不安定にさせると警告されている。

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