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八木柊一郎『国境のある家』・松原敏春『黄昏れて、途方に暮れて』・野田秀樹『贋作・桜の森の満開の下』・原田宗典『箱の中身』
『国境のある家』(担当:黒澤世莉)「失われた30年」予言の書 はじめに 個人的な話から始めて恐縮だが、私は2021年9月に、静岡にある人宿町やどりぎ座3周年記念公演として『国境のある家』の演出をした。作家八木柊一郎との出会いは本勉強会で読んだ『三人の盗賊』で、これは2020年のやどりぎ座2周年記念公演で取り上げるきっかけとなった。どちらも公演企画の戯曲選びから関わった思い入れのある作家、作品なので、ぜひ本稿を書かせてほしいと立候補した。客観的な分析に欠ける、主観的な文章にな
別役実『諸国を遍歴する二人の騎士の物語』・ケラリーノ・サンドロヴィッチ『カラフルメリィでオハヨ』・藤田傳『行路死亡人考』・高橋いさを『極楽トンボの終わらない明日』
『諸国を遍歴する二人の騎士の物語』(担当:川口典成)データ 初出:一九八七年十月のパルコ・スペース・パート3公演のため書き下ろした。『諸国を遍歴する二人の騎士の物語』三一書房、一九八八年)に収録。本稿は同書より。 初演記録:パルコ 一九八七年十月八日〜一八日、パルコ・スペース・パート3 スタッフ:演出/岸田良二 美術・衣装/朝倉摂 照明/室伏生大 音響/深川定次 舞台監督/國峰眞 製作/松田通二 制作/山田潤一・小巻健司 企画・制作/パルコ 協力/文学座・演劇集団円 キャ
有料240劇団青い鳥『いつかみた夏の思い出』・高泉淳子『僕の時間の深呼吸』・内藤裕敬『唇に聴いてみる』・大橋泰彦『ゴジラ』
『いつかみた夏の思い出』(担当:黒澤世莉) 集団創作の可能性と限界 どんなおはなし? 劇団青い鳥『いつかみた夏の思い出』は、劇団青い鳥の主催公演として1986年4月17日〜5月11日、THEATER/TOPSにて上演され、その後『新劇』1986年9月号に掲載された。もともとは1983年11月12日〜20日、ザ・スズナリにて上演された『夏の思い出』を原型としている。夏休みが終わり二学期が始まった学校を舞台にした青春群像劇だ。 1986年紀伊國屋演劇賞を受賞した。 集団創
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川崎照代『塩祝申そう』・鴻上尚史『朝日のような夕日をつれて』・野田秀樹『ゼンダ城の虜』・金杉忠男『花の寺』
『塩祝申そう』(担当:日比野啓)初出 一九七八年度文化庁創作奨励特別賞受賞 『悲劇喜劇』第三十四巻第十一号(一九八一年十一月)揭載。 初演記録 文化座一九八一年十一月六日〜一五日、東京・三百人劇場。 スタッフ 演出/鈴木光枝 美術/栗谷川洋 照明/原田進平 音響/的場重明 舞台監督/貝山武久 制作/田中勝 キャスト 浜倉謙造/内田朝雄 紀代/鈴木光枝 多紀子/高橋信子 大悟/小金井宣夫 己紀子/(ダブル)藤あゆみ・有賀ひろみ 真紀子/佐々木愛 優子(ダブル)/野村須磨子・小
有料240里吉しげみ『ロートレックの特別料理』・中村光夫『雲をたがやす男』 ・竹内銃一郎『あの大鴉、さえも』・山崎哲『うお傳説』
『ロートレックの特別料理』(担当:日比野啓)テレビでお馴染みの「芸能人」が大興行資本(松竹・東宝…)による商業演劇に出演するのではなく、小劇場を借りてミュージカル/レヴュー/コメディの自主公演を行う「中間演劇」の系譜:赤坂ミュージカル/テアトル・エコー/劇団未来劇場/地球ゴージャス/ラフィングライブ…(⇄劇団スーパーエキセントリックシアター/東京サンシャインボーイズ:三宅裕司や三谷幸喜の戯曲は『現代日本戯曲大系』に収録されていないことにも留意)(⇄劇団三十人会/劇団薔薇座)
有料240秋元松代『きぬという道連れ』・水上勉『はなれ瞽女おりん』 ・岸田理生+幻一馬+寺山修司 『市街地ノック(抄)』 ・佐藤信『阿部定の犬』
『きぬという道連れ』(担当:日置貴之)内容 経営する機屋が倒産し、竜吉ときぬの夫婦は夜逃げをする。丹後の山道を行く二人は、江戸時代の一揆の百姓や八百屋お七のイメージを語り、演じていく。やがて、竜吉のいとこが住む集落にたどり着いた二人だったが、そこには人気がなく、年老いたばんちゃんだけが暮らしているのだった。竜吉は恐怖で逃げ出し、きぬはばんちゃんとともに布を織り始める。やがて戻ってきた竜吉に、きぬは町へ戻って働き、借金を返すよう言い、戸を閉ざす。きぬは一人機を織るのだった。
有料240安部公房『愛の眼鏡は色ガラス』・井上ひさし『薮原検校』 ・つかこうへい『戦争で死ねなかったお父さんのために』・矢代静一『北齋漫畫』
『愛の眼鏡は色ガラス』(担当:日比野啓) 尾崎宏次・扇田昭彦の新聞劇評でわかること 渋谷に西武劇場が開揚した。墨色の壁に囲まれた定員五百の小劇場で、余計な装飾のない設計がいい。 ここの第一回公演が安部公房作・演出の「愛の眼鏡は色ガラス」である。正式にスタジオを発足させた安部公房は、従来の試験的な演出より文学性を色濃く出した。 それは時代の内臓をとりだしたような舞台になって、正気と狂気のあいだを往来しながら、挑戦してくる。自覚症状についての問答のようである。 白い壁に
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