別役実『にしむくさむらい』・山崎正和『獅子を飼う』木下順二『子午線の祀り』

『にしむくさむらい』(担当:川本瑠)

初出 『新劇』一九七七年一〇月号(白水社)に発表。戯曲集『にしむくさむらい』(三一書房、七八年)に収録。本稿は同書より。
初演 文学座 一九七七年五月二四日~六月三日、文学座アトリエ。同年九月六日~一三日、同アトリエで再演。

スタッフ 演出/藤原新平 装置/石井強司 照明/古川幸夫 効果/深川定次 衣裳/宮内裕 舞台監督/杉本正治
キャスト 男1/角野卓造 男2/小林勝也 男3/田村勝彦 女1/倉野章子 女2/吉野佳子

あらすじ・劇評

特に七七年に藤原新平演出で初演された『にしむくさむらい』は忘れがたい舞台だった(この作品を含め、別役の戯曲集はすべて三一書房で刊行されている)。
電信柱が一本立つだけの舞台に登場するのは二組の夫婦と一人の乞食だ。二組の夫婦はよく似ている。夫たち(小林勝也、角野卓造)はともに無断欠勤の常習者で、ついには住む家を失い、発明家を夢見ながら、妻とともにホームレスになってしまう。二人の妻(倉田章子、吉野佳子)は転落状態に耐えながらも、それには収まらない激しい思いを抱えている。
だが、彼らが作り出した「乞食をつかまえる装置」は不気味で残酷だ。電信柱からロープで大きな石を吊るし、その下に布団を敷いただけの仕掛けである。しかも、女2(吉野)が連れてきた乞食の男(田村勝彦)は彼らの意図を知りつつ布団に横になり、落下する石に顔面をつぶされて息絶える。
不幸な人々の状況を知り、彼らの犠牲となって死んでいく乞食はおそらく「キリスト」的な存在だろう。そして四人のつつましい男女たちは乞食を殺すことで、被害者から加害者に転じ、そうすることで彼らの惨めさを引き受けてくれる超越者への回路をつけようとしたのではないか。
むろん別役は信仰をもつ劇作家ではないが、七六年にやはりアトリエで初演された『あーぶくたった、にいたった』とともに、ここには不在の神を求めずにいられない「ふしあわせな」小市民の心情と、彼らの心に潜む黒い憎悪が鋭く描かれている。
扇田昭彦『こんな舞台を観てきた——扇田昭彦の日本現代演劇五〇年史』、河出書房新社、2015年、p45

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