100の回路#27 放課後デイサービスで働くコンテンポラリーダンサーたちに「障害児と関わることで成長したこと」を聞いてみた
私はTHEATRE for ALL LAB研究員の普段は会社員をしながら、サニーバンクでライティングなどの仕事も行っている聴覚障害&ADHDのくらげというものである。
今回「100の回路」の企画にて、「コンテンポラリーダンス」と「障害児支援」という2つテーマで執筆に挑むことになった。私は聴覚障害があり、コンテンポラリーダンスという単語すら初めて聞いたくらいに音楽やダンスなどの知識がない。しかし、障害児を支援するダンサーとはどのような感じなのだろう?と気になり、覚悟してトライしてみたところ、とても興味深いお話を数多く聞くことができた。放課後デイサービスで働く3人のダンサーの物語をぜひお楽しみいただければ幸いである。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言える様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
今回は、ダンサーとして活動を続ける傍ら、障害がある子どもたちが学校後や休暇中に通う「放課後デイサービス」のスタッフとして働いている、3名のダンサー、山口さん、豊川さん、澁谷さんにインタビュー取材を行った。
(山口静さんのポートレート写真。ロングヘアーの女性が水辺を背景にポーズをとっている。)
山口静
日本女子体育大学舞踊学専攻を卒業。中学校高等学校一種免許状を取得。卒業後はイスラエルにてコンテンポラリーダンスを学び、現在は東京を中心にダンサー、コレオグラファー、インストラクターとして活動する。放課後等デイサービスにて児童指導員として7年間アルバイト勤務。障害がある子ども達にキッズヨガを教えている。
(豊川弘恵さんのポートレート写真。白いシャツに黒いスカートをはいた女性が、両手を広げ海岸を背景にポーズをとっている。)
豊川弘恵
東京都出身
多摩美術大学映像演劇学科 卒業
国内ダンス留学@神戸 5期卒業
幼少期からクラシックバレエを習い、在学中にコンテンポラリーダンスや舞踏と出会いそこから学び続けている。現在は様々な作家の作品に参加し活動している。
(澁谷智志さんのポートレート写真。坊主頭の男性が暗闇を背景に立っている上半身の写真。)
澁谷智志
北海道札幌市出身。23歳の時に北海道舞台塾の公演にキャストとして参加したことがきっかけで、舞台芸術としてのダンスに興味を持つ。埼玉県に移住後、フリーのダンサーとして活動。コンテンポラリーダンスの分野を主に、多くの舞台作品に参加。田畑真希が主宰するダンスユニット「タバマ企画」のメンバー。コミュニティダンスのファシリテーションに興味を持ち、障がい者や市民参加型ダンスワークショップの運営アシスタントとしても携わる。青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了。
障害児の力に圧倒された
(ダンスをする山口さんの写真。左足を蹴り出すように高く上げている。)
取材に先立ち、まず、それぞれのダンスとの出会いをお聞きした。
小学生の頃からクラシックバレエを習っており、そこからダンスにハマったという山口さんは、大学でもダンスを学んだ。卒業後には、イスラエルにダンス留学もしたそうだ。
豊川さんもまた、幼少期からバレエを習っていて高校生まで続けていたが「自分がプロを目指せるか」と考えたときにそれは難しいと感じ、舞台スタッフになろうと考え美術大学に進学したと話す。
澁谷さんはというと、大学のサークルで「よさこい踊り」を始めたのがきっかけでダンスに目覚めたという、ちょっと変わったきっかけを持っていた。
ダンスに触れたきっかけはさまざまだが、三人は今、「放課後デイサービス」のスタッフとして働いている。その過程も実にバラエティに富んでいる。
山口さんは、留学する予定が延期になり仕事を探していたところ、近くの施設で支援員のアルバイトを募集しており採用された。
山口:「私は大学で教職過程を学んでいて、介護等体験で実習として特別支援学校にも行っていたんですよね。その時に初めて障害をもつ子どもたちと出会ってすごく衝撃を受けました。それがずっと心に残っていたことが、この募集のチラシを見たときに応募しようとしたきっかけです」
山口さんは、子どもたちのエネルギーに日々圧倒されて「生命力とはこれか!」と感じているそうだ。
豊川さんもまた、過去に障害者と交流があったことがアルバイトを始めたきっかけになった。
豊川: 「数年前、障害を持った方々と一緒にリクリエーションをする機会があって、その時に初めて発達障害やいろんな障害を持った子どもたちと触れ合う機会があったんです。それで、障害児支援に興味を持ち、もっと突っ込んで関わってみたいなと思ってたんです。そのタイミングで、山口さんに紹介してもらって働くことになりました」
もともとダンスを通じて山口さんと知り合いであった澁谷さんは、山口さんがFacebook で「夏休み期間に放課後デイサービスの人手が足りない。バイトを募集している」と告知しているのを見て支援員になったという。
過去に障害者と関わりがあった経験が、今の仕事をするきっかけになった。障害者・障害児支援業界は人手不足で大変だと聞くが、どこかで障害者と関わる機会を持つことに解決のヒントがあるのかもしれない。
どのような仕事をしているのか
支援員の仕事はどのようなものだろうかと聞いてみた。ダンサーとしての経験が、支援員の仕事にどう影響しているのだろうか。
山口:「障害のある子どもたちが落ち着いて放課後の時間を過ごせるようにサポートするのが私たちの仕事です。3人ともダンサーだからといって子供たちにコンテンポラリーダンスを教えるということはないですね。
ただ私は、デイザービスに来る中高生にキッズヨガを教えていますし、豊川さんなら韓国のダンスの振付を教えています。澁谷さんは日頃から子どもを体の上にのせたりして”ダンス”をしていますね」
「障害のある子どもたちと普通の子どもたちでは、ダンスに対してなにか違いがあるか」という疑問についても答えてくれた。
澁谷:「普段は部屋の隅っこでじっと座っている子が急にノリノリで踊りだしたりしますね。でも、いざ踊ってみて、というと怒ってしまう子もいます。日々研究です」
山口:「他の場所でも子どもたちにヨガを教えていますが、できる、できないはそれぞれにありますけど、『このポーズは落ち着くよね』『このポーズ難しいよね』というのは同じですね。音楽が楽しい、ダンスは楽しいというのは障害があっても変わらない。みんなとても踊るのが上手ですよ」
この話を聞いて「障害があってもなくても楽しいことは共通している」ということは「障害があってもなくても同じ人間だ」という当たり前のことにつながっているように感じた。
自分たちもマイノリティ
素朴な疑問として「福祉施設で働いてる方々にダンサーが多いのではないか」ということについて質問してみた。
三人は一様に「なんででしょうね?」と首を傾げていたが、どうやらダンサーであるがゆえの特殊事情もあるようだ。
(緑に染まった自然の中でヨガをする豊川さんの写真。腕を上げて伸びをしている。)
山口:「ダンサーは稽古や公演があるので、フルタイムで働くことは難しいんです。時間にある程度融通が利いて、人手が足りないとなると、福祉業が選びやすいのかもしれません。『一ヶ月稽古で入れません』となっても『いいよ』というところはなかなかないですね。うちの施設は特に寛容だなと思います」
レポーターは世の中、さまざまな事情でさまざまなところで働く人がいるのだなぁ、とつくづく感じ入った。
ダンサーだからこそ、この仕事に向いているのではないかと思うこともあるようだ。
山口:「ダンサーという立場は、社会的に肩身の狭い思いを抱くこともあります。また、自分が何者なのかとか、何者でもない自分に対して行き場のない思いを持っていたりします。でも、こういう気持ちを抱える自分自身があったから、子どもたちと共鳴する感覚もあるなとも思います」
豊川:「山口さんの気持ちは私もわかります。ダンサーは『きちんとした大人』ではないというか…。でも、子供たちと近い気持ちになれることが、子どもたちがより楽しんでくれることにつながっているかもしれません」
確かに「ダンサー」という存在はあまり一般的ではないし、「きちんとした大人のやること」ではないと思われがちかもしれない。
だけども、だからこそ子どもたちに純粋に関われる。子どもが苦手なレポーターにとってはとても眩しいやり取りであった。
放課後デイサービスでダンスをして
さて、ここまでの質問は主に「ダンサーとして」の目線に立った質問であったが、「放課後デイサービスの職員として」感じていることについても質問してみた。
山口:「施設での日常は、一般的な基準だとかなり非日常というか…。玄関で大暴れしたり、洋服を破いたり、普通の生活ではあまり見ない景色を日々見ています。でも、すごく大変なんですけど、同時にすごく笑っちゃうし、憎いけど愛してしまうというか、許せてしまうというか…。そういう意味で心を鍛えられるし、自分の中の『こうあるべき』という常識がかなり変わりましたね 」
豊川:「本当に人間的に学ぶことが多くて、『大人の勝手な正しさ』などについて考えたりすることは増えました。子どもたちを通して学んだことを自分の成長につなげて、ダンスに活かすことが出来たらいいなと思っています」
それぞれ表現は違うが、「障害のある子ども」との関わりは非日常であるが、だからこそ、それが「心を育てること」、そして「ダンスに深みを与えること」とつながっていることを実感されているようだった。
回路107 障害児たちとの生活は、世間の勝手な「正しさ」から引き離してくれる
また、澁谷さんは「障害者」への認識もどんどん変わっていったという。
(コンテンポラリーダンスをしている澁谷さんと2人のダンサーの写真。いずれも赤と白を基調とした衣装を身に着け、思い思いのポーズを取って踊っている。)
澁谷:「以前は街で障害のある方を見かけるとちょっと怖いと感じたこともありましたが、同じ経験を楽しめるということを通じて、そういう壁はなくなりましたね」
障害者を見かけると、なぜか不安な気持ちになってしまう方は多いと思う。これは「コミュニケーションがとれるのか」という不安や「どうすればいいのだろう」と考えてしまうからなのだろう。
しかし、普段から障害のある子どもたちと接している澁谷さんは、その経験から「障害者も同じだ」という思いが強まったのだろう。障害があるレポーターとしても、このような「壁を持たない人」がいるということはとても嬉しいことだと感じた。
回路108 経験を共有すると、自然と壁が壊れていく
親御さんからの声は正しいのか?
取材を続ける中で、彼らが最近感じている不安を聞くことができた。
それは、「障害のあるなしに関係なく、子どもたちのダンスに『結果』を強く求める親が多い」という不安だ。
(室内で小さな子どもと向かい合いながらヨガをする山口さんの写真。光の差し込む部屋の真ん中に二人で向かい合って座っている。)
山口:「幼稚園でダンスを教えることもありますが、親御さんたちが、ダンスを通して技術や体力、運動能力が上がるとか、そういうことを求めていることがあります。幼稚園としては『自分が表現できる場所がある』とか『自分の想像を体を使って表現してみる』とか、成果が見えづらいものにすごく重きを置いてくれているので、コンポラリーダンサーとしてはとってもやりやすいですが…。
でも、子どもたちも4歳くらいになると、誰が一番うまいんだとか、自分ができているのかとか、そういうことをすごい気にするようになるんですよね。それは多分、他のお稽古、水泳やそれこそ他のダンススクールでもそうだと思うんですけど、子供たちがその年齢から比較される社会と接しているからなんだろうなと、今すごく感じています。もちろん、親もそういう競争を求めてしまうんですね」
確かに、現在の社会は「すぐに成果を出すこと」が求められる「効率化社会」だ。その空気を早い段階で子どもたちが感じていて、効率的でないものを切り捨てているとしたら、それはやはりなにか違うのではないかと感じる。山口さんはそれを乗り越えるために、ダンサーとしてできることがあると考えているそうだ。
山口:「私としては子どもたちに何かを強要するでも、導くでもなくて、身体を楽しむためのガイドをしていると思っています。これがいいか悪いかという答えはないと思います。子どもたちの体の動きに対して『何それ!その動き超面白いじゃん!』となると、みんなも『こんなことしていいの』『こんなことも受け入れてもらえるの』ってもうどんどん自分の想像とアイディアを見せてくれるんですよね。こういう自由さは、教育ではなかなかできないのではないでしょうか。
競争を選ぶか自由を選ぶかって、親が決めてしまうことがあるので、親にも『自由なアウトプット』を響かせないといけないなと思います。そうでないと、子どもの学ぶ機会が得られないなと感じますね」
このような「自由さ」に関して、澁谷さんは障害者の方たちが純粋にダンスを楽しむ姿を目の当たりにしたという自分の経験を語ってくれた。
澁谷:「最近、知的障害のある方達とダンスの公演をやるっていう企画にアシスタントとして関わらせてもらいました。これはほとんど即興のダンスなんですよね。構成はある程度は決めるけど、いつ誰が舞台に出ていくかくらいしか決めないんです。
でも、知的障害がある方々は舞台に上がるとあれこれ言わなくても、自分で積極的に踊ってくれるんですね。作品全体の構成は理解できなくても、後ろから少し押してあげれば、よく体を動かして踊ってくれるんです。この方々は体を動かすことに凄く積極的だなってすごく感じましたね」
豊川さんは障害のある子どもたちのダンスを見ていると自分の初心に戻れるという。
豊川:「施設の子どもたちと一緒に踊っていて、やっぱダンスって楽しいし面白いね、音楽にのせて体を動かすって楽しいよね、ということを再認識します。表情を分かりやすく変えながらぴょこぴょこ体を動かしてる子どもたちを見ると、自分がダンスを始めた時のことを思い出しますね」
ダンスを楽しんでいる子どもたちを見て、少しずつではあるが、親御さんたちの意識が変わっていっているようだ。
豊川:「コンテンポラリーダンスのこととかわからないけど、ダンスを教わってから子供たちが成長してきた、ありがとうございますって言ってもらえた時は嬉しかったですね。また、施設のスタッフに、私たちのようなダンサーや、いろんな方たちがいることはすごくありがたいっておっしゃってくださる親御さんもいるんです」
レポーターはこの話を聞いて、障害があることで、なにかから「自由」になれることがあるとすれば、それは素晴らしいことなのではないかと感じた。
回路109 「結果を求めない」自由が大切
最後に
(インタビュー取材時のZOOMのスクリーンショット。山口さん、澁谷さん、豊川さんが笑顔で質問に答えている。)
レポーターはダンスについて完全な素人で、「コンテンポラリーダンス」というダンスがあることすら初めて知ったし、そもそも障害者とダンスがどう結びつくのか想像できなかった。しかし、話を聞く中で「ダンス」という形のコミュニケーションがどれほどの力を持つかを(ほんの少しだが)理解することができたのではないかと思う。
また、障害があるからこそ、現代の不自由さから自由になれること、また、新しいコミュニケーションを生み出すことができるという今回の話は、障害を持つお子さんがいる親御さんにとっては大きな発見になるのではないか、とも思った。
レポーターはかなり「評価」にこだわってしまう人間だ。ともすれば、人の目を気にして自分の「表現」を失ってしまうこともある。そういう「不自由さ」から少しでも離れられればいいな、という取材だった。一度、数十年ぶりに思いっきり身体を音に委ねて踊ってもいいかもしれないな、と考えながら筆を置くことにする。
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また、こんな風にしてくれたら読みやすいのに!というご意見あればできる限り改善したいと思っております。いただいたお声についても記事で皆さんに共有していきたいと思いますので、どうぞ教えてくださいませ。
執筆者
くらげ
山形県出身、東京都在住のサラリーマン兼物書き。聴覚障害・発達障害(ADHD)・躁鬱病の三重苦。同じく発達障害・精神障害・てんかんがある妻(あお)と自立して二人暮らししている。著書に「ボクの彼女は発達障害」「ボクの彼女は発達障害2 一緒に暮らして毎日ドタバタしてます!」があるほか、様々なコラムや記事を執筆している。
協力
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