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tari textile BOOK 後編

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丹波布専修生時代(2018年4月~2020年3月)の作品をもとに開催する、1人企画展。 作品解説と綿の物語が合わさった、ちょっと不思議な企画展です。
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記事一覧

tari textile BOOK 後編 #13「素材にふれる丹波布」第6話

第6話  藍染めを終えたあと、タリはそのわたねくんたちの糸を用いて順調に布づくりを進めていった。初めて和綿で、それも自分で弓を使って綿打ちした綿を紡いだ糸だったので、整経やちきり巻き、そして機織りの段階で、糸が切れるなどのトラブルがもっと頻繁に起こるのでは、と心配していたがそれほどでもなく、いつも通りの感じで、これまで学んできた丹波布の技法でその布を織り上げた。  いつも通りとはいえ、その布はみんなの育てた綿から生まれた、タリにとっては特別な意味を持つ布になった。みんな

tari textile BOOK 後編 #12「素材にふれる丹波布」第5話

第5話  ガラッ。  硝子戸を開け、颯爽と染色室に入って来たタリと綛になったわたねくんたち。タリはキュッとエプロンの紐を締め、まずはささっと作業台とコンロ周りを軽く拭き掃除。忘れがちなガスの元栓も開け、準備は整った。 「わたねくん、まずは精練で汚れを落とすね。みんなで育てた綿だからそんなに汚れてないと思うけど」 「うん、でも精練は汚れを落とすためだけではなくて、繊維の1番外側にある撥水性の膜を取り除く意味もあるんだよ」 「え? そうなの? そんな膜があったの?」

tari textile BOOK 後編 #11「素材にふれる丹波布」第4話

第4話  タリは押し入れからおもむろに謎の弓を取り出した。 「ついにこれを使うときが来たか」  この弓は、種を除いた後の綿の繊維を、ふわふわにほぐすための道具だ。柄の部分は竹製で、弦は弾力性の高い樹脂のような素材。床の上に綿の繊維を片手で掴めるくらい置き、弦を綿に当て、びーんびーんとはじく。「綿打ち」という作業だ。 「ところでわたねくん、もう今は種から分離した繊維の状態だけど、変わらずそこにいるんだね?」タリは弦をはじきながら尋ねた。 「うん、繊維もぼくの一部だか

tari textile BOOK 後編 #10「素材にふれる丹波布」第3話

第3話 「タリさん、ここ、ここ。ぼくはここにいるよ!」  収穫後の白い綿のかたまりの中から、その声は聞こえていた。 「わたねくん、こんなところに!」タリは、その白いふわふわの綿の中にいるわたねくんを取り出そうと、指で探ってみたが上手くいかない。 「わたねくん、この白いふわふわのわた毛の中から出てきてよ」 「それが、そうもいかないんだ。この白いわた毛はぼくの身体の一部、種の表皮細胞が長く伸びたものなんだ。なかなか取れないでしょ」 「そうだったの? 知らなかったよ。

tari textile BOOK 後編 #9「素材にふれる丹波布」第2話

第2話  運命的(?)な出会いを果たしたわたねくんとタリは、最高の織物づくりを目指して歩き出した。 「タリさん、今からぼくたちはどこへ行くの?」わたねくんは、その奇妙な人物と並んで歩きながら尋ねた。 「棉ばたけの畑に行くよ」 「『棉ばたけの畑』とは不思議な表現だね。棉の畑なの?」 「私が今住んでいるのが『棉ばたけ』という名前の建物で、そこの住人が借りている自家菜園用の畑のことなんだ」  なにやらややこしいが、わたねくんはとにかく着いていくことにした。 「さ

tari textile BOOK 後編 #8「素材にふれる丹波布」第1話

第1話    20××年 和綿村 「ただいまー」 「あら、わたね、お帰り。学校はどうだった?」 「まあまあ、かな」 「あらそう、ちょっとお母さん買い物に行ってくるね」  コットン学園に通うわたねくんは、現在3年生。綿の種として、この先の進路について考え始める時期にある。インド原産のアルボレウム族として和綿村に生まれた彼は、クラスメイトである、他の種族の種たちとの違いを自覚しながらも、自らの進むべき方向がまだわからずにいた。 「俺は、広大な大地で

tari textile BOOK 後編 #7「素材にふれる丹波布」プロローグ

「素材にふれる丹波布」プロローグ  ここに1枚の丹波布がある。遠慮なく、自由に手にとってみてほしい。  丹波布については、実物や写真で見たことはあっても、実際にふれたことはなかった、という人も多いかもしれない。  ひと口に丹波布といっても、糸の太さや打ち込みの数、また仕上げの糊の量やその有無によって、そして布の使用年数や使用方法などによって、その手触りは大きく異なってくる。そうした手触りの違いを味わい、変化していく様子を楽しむことも布の醍醐味だといえる。  では、今あ

tari textile BOOK 後編 #6「I ♡ T」作品NO.15

作品NO.15→経糸:落花生(石灰)、落花生(みょうばん)、落花生(おはぐろ)  緯糸:落花生(石灰)、落花生(みょうばん)、落花生(おはぐろ)  整経本数307本、半反 ●  「I ♡ T」展も残すところ最後の作品となりました。この作品は、落花生布の第2弾。昨年収穫した実を種にして育てた、自家製落花生としては2世の落花生布です。  作者はこのように自家菜園にものめり込み、収穫した作物を食べること、さらにはそれらを用いて保存食を作ること、そしてそれらを布

tari textile BOOK 後編 #5「I ♡ T」作品NO.14

作品NO.14→経糸:柘榴(木酢酸鉄)、柘榴(石灰)、枇杷(おはぐろ)  緯糸:柘榴(木酢酸鉄)、柘榴(石灰)、枇杷(おはぐろ)  整経本数308本、半反 ●  それでは次の作品です。作者はこの作品で、ある2人の人物とシーンをイメージし、表現しようと試みました。みなさんにはそれがどんな人物でどのようなシーンか、伝わるでしょうか。  ヒントは、この作品に使われた染色材料の「柘榴」と「枇杷」。  柘榴は、割れた果実の中にある鮮やかな紅い種が印象的な植物です

tari textile BOOK 後編 #4「I ♡ T」作品NO.13

作品NO.13→経糸:どんぐり(石灰)、どんぐり(みょうばん)、栗(木酢酸鉄)  緯糸:どんぐり(石灰)、どんぐり(みょうばん)、栗(木酢酸鉄)  整経本数308本、半反 ●  次の作品はこちら。この作品のテーマはずばり「どんぐり」です。  作者は、染色について調べていくうちに、どんぐりが縄文時代から食用とされていること、そして同時に染色材料としても古くから使用されていることを知りました。子供の頃からどんぐりが好きで、加えて原始的な物事に惹かれる傾向のあ

tari textile BOOK 後編 #3「I ♡ T」作品NO.12

作品NO.12→経糸:オニグルミ(木酢酸鉄)、オニグルミ(みょうばん)、オニグルミ(石灰)  緯糸:オニグルミ(木酢酸鉄)、オニグルミ(石灰)  整経本数308本、半反 ●  続いての作品はこちらです。みなさんはこの作品にどのような印象を抱くでしょうか?  小さい、細かい格子だなと感じる方が多いのではないでしょうか。そしてこのような小さい格子は織るときにも作業が細かくて大変そうだ、と。  たしかにこのような小さくて細かい格子縞は、機織りの際、緯糸の色を

tari textile BOOK 後編 #2「I ♡ T」作品NO.10、11

作品NO.10、11 →経糸:梅(石灰)、梅(おはぐろ)  緯糸:梅(石灰)、梅(おはぐろ)  整経本数308本、半反 →経糸:ウメノキゴケ(木酢酸鉄)、ウメノキゴケ(石灰)、ウメノキゴケ(みょうばん)  緯糸:ウメノキゴケ(木酢酸鉄)、ウメノキゴケ(石灰)  整経本数308本、半反 ●  それでは、まずこの2つの作品をご覧ください。1つ目の作品はピンクと紫が印象的な、正方形のやや大きめの格子柄。もう1つは白とオレンジ色のしましまが特徴的で

tari textile BOOK 後編 #1「I ♡ T」ごあいさつ

「I ♡ T」(I LOVE Tambanuno)展 ごあいさつ  このたびは、「I ♡ T」展にお越しくださり誠にありがとうございます。  突然ですが、みなさんはこれまでにいったいどのくらいの人々が丹波布と関わりを持ってきたか、考えてみたことはありますか。  江戸時代、日本各地に綿の栽培とともに織物の技術が広まり、丹波でも多くの人が丹波布製作の過程に携わりました。その後も、廃れかけていた丹波布の技術と文化を次世代に継承しようと動いてきた人々、商品を購入し実際

tari textile BOOK 後編 #0「専修生」

「専修生」2018年4月~2020年3月  丹波布伝承館長期教室は、先の二年間の「伝習生」が終わると、希望者は「専修生」に進むことができる。専修生は、課題(年間で着尺3反分)を各自のペースで制作し、提出してチェックを受ける。糸紡ぎ作業のみ自宅で行うことが許可され、他の作業は曜日・時間関係なく伝承館の開館している時であればいつでも、道具と部屋の予約を取り、伝承館で行うことができるようになる。伝習生が大学学部生としたら専修生は大学院生といった感じ。伝習生を修了しただけではまだひ