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【パレスチナ雑考】人工国家・イスラエルの幼年期の終わり(前編)

こんにちは。地方の会計屋です。
専門外ではありますが、前回に続きガザ戦争の思考を整理して行きたいと思います。
今回はタイトルの通り、イスラエルにスポットを当てます。
未読の方は、併せてご覧ください。

イスラエルを取り巻く現状は何なのか

イスラエルは特殊な国?

アルジャジーラのようなニュースメディアやパレスチナ人と思しきアカウントによるSNS投稿を見ていると、目を疑うような現実の数々に何度言葉を失ったかわかりません。
ただ残酷で凄惨というよりも、パレスチナ人ならいくら殺しても構わない、何なら地上から絶滅させることさえ厭わないという考えが前線の兵士から政権の中枢に至るまで、イスラエルの社会全体における共通認識とさえ思えるほどです。

確かに、鉄壁の守りと信じられた防衛網をかいくぐって千人以上もの犠牲者をもたらしただけでなく、2百名もの人質まで取られてしまった怒りと復讐心は説明するまでもありません。しかし、わざわざ学校や病院を攻撃したり、ハマスとは無関係なはずの一般パレスチナ人をも侮辱するような動画を兵士たちが嬉々として投稿したりと言った行為の数々は、それだけで到底説明しきれるものではありません。
にもかかわらず、欧米のいわゆる西側諸国の多くは自衛権を理由に、イスラエルの支持を頑なに崩そうとしません。90年代のコソボやボスニアなどにおけるアルバニア人やイスラム教徒に対するジェノサイドを理由にNATOの軍事介入を受け、当時大統領だったミロシェビッチがのちに逮捕され国際法廷で断罪までされたセルビアに比べると、イスラエルのような国は例外中の例外とも言うべき特殊な国ではないのでしょうか?

その前に、ここで一呼吸置きましょう。
イスラエルが人道を逸脱した異常な国であると断罪するのは容易ですが、パレスチナ全体の問題を理解するには、何が一体イスラエルを「特殊」ならしめているのかをまずは踏まえることが避けて通れません。

「ジョーク」が垣間見せるイスラエル人の本音

ここで、一つジョークを紹介します。
我々日本人からすると、そもそもどこがどう「ジョーク」として成り立つのかも理解できるものとは言い難いですが…。

秘境の奥地を探検していた米国人・英国人・イスラエル人。
ところが、突然目の前に現れた現地の部族に捕まってしまった。武装した村人を率いる族長が3人の前に現れた。
「われらが聖地を汚す不届き者め。お前たちはわれらが神の生贄に捧げてやる」
祭壇の前に連れ出された3人だが、族長が3人に言った。
「死ぬ前にやり残した事は無いか。神の御慈悲で1つだけ許してやる」
米国人は国歌を歌い、 英国人は紅茶を飲んだ。
続いてイスラエル人に顎をしゃくる族長。
イスラエル人は「じゃ、俺の尻を蹴飛ばしてくれよ」と答えた。 族長が言われた通りに蹴飛ばすと、彼は隠し持っていた拳銃を出して族長を射殺。他の村人たちは一目散に逃げ出した。
米英「いやあ助かった。しかしそれにしても、そんな物持ってたんならどうして初めから使わなかったんだ?」
イ「お前らいつも言ってるじゃないか、先制攻撃はやめろって。だからこっちは反撃してやったまでのことだよ」

このジョークを知ったのは20年以上前のことで、当時はあまりピンと来ませんでした。しかし、ガザ及びウェストバンク(ヨルダン川西岸地区)で繰り広げられる光景と重ね合わせることで、これがジョークとして成り立つことの意味を今になった思い知らされハッとすると同時に薄ら寒さに似た感覚を覚えたものでした。

続いて、イスラエルとその周囲をGoogle Mapで見てみましょう。noteでは埋め込み表示ができないので、そこはご容赦ください。

言うまでもありませんが、イスラエルと国境を接するのはヨルダン、エジプト、シリア、レバノンの4か国です。これにイラクを加えた5か国と戦火を交えたのが4度の中東戦争でした。イスラエルから見れば文字通り背水の陣でなおかつ三方から寄ってたかって攻撃される立場だった訳です。まして建国と同時に大勢のパレスチナ人を追放し75万人もの難民を生み出したナクバ(アラビア語で「災厄」)に、同じムスリムでかつアラブ人である彼らは怒り心頭なわけですから、下手すると何をされるか分からないという恐ろしさも少なからずあるに違いありません。

そしてもう一つ、試しにエルサレムーテルアビブ間の経路を探索してみてください。陸路でわずか60キロメートル強、車であれば1時間もかからない距離です。もしこの地域が敵方の手中にあった場合、一度大攻勢をかけられれば一たまりもありません。イスラエルが東エルサレムからヨルダン川に至るウェストバンクを占領したのは第三次中東戦争でしたが、防衛上の観点から自分の勢力下におかなければならないという事情もあるのです。
また、パレスチナ国に含まれてはいませんが、元々シリア領で占領を続けているゴラン高原は水源地でもあり、やはりここも戦略上手放すわけにはいかないという理由があります。

つまり、最初から地理的に不利な条件にあるだけでなく、イスラエルという国そのものを完全に滅亡さえ目論みかねない(と自身が見なしている)危険な敵に周囲を取り囲まれており、防衛面での脆弱さを占領地の拡大と膨大な最新鋭の兵器で補っているのが現状と言えるでしょう。
わずかなダメージでもクリティカルになるリスクが高いのなら、自ずと「やられる前にやる」すなわち先制攻撃が中心の戦略となります。実際、前述の第三次中東戦争、別名「六日間戦争」は先手必勝の最たるものでした。
逆にこちらが先制攻撃を受けたときは、何倍にも返して相手に攻撃する気をなくさせるのが彼らのセオリーです。イスラエル人からすれば、半沢直樹はまだまだ優しすぎるのかも知れません。

ここで冒頭のジョークに戻りますと、「本当はさっさとやっつけてカタをつけたいのに」「今は何もしてないが、どうせ俺たちを殺したくて仕方ないんだろう」といったようなイスラエル人の本音が垣間見えるように思えてならないのは、私だけでしょうか。

生き残るためなら「ルール違反」もやむを得ない…?

確かに、前述の通り「やられる前にや」らないと国そのものが存続出来ないのであれば、平和だ人道だと綺麗事など言っていられないのも一理あります。西側諸国が「自衛権」を理由にイスラエルの行動を黙認するのも、概ねそのロジックに沿ったものです。

また、イスラエルは直接選挙制度を基礎とする共和制国家であり、周囲を取り巻くアラブ諸国と比べても遥かに民主的な政治システムを擁しています。それゆえ、中東に位置しながら歴史的経緯に照らしても欧米とのつながりが強いことから、むしろ西欧の延長線上のように位置づけられていました。
冷戦当時はシリア(のちにイランも)の後ろ盾でもあったソ連が中東での影響力を拡大するのを防ぐためにも、極東における日本や韓国と同様、西側諸国にとっては欠かすことのできない盟友でもあったのです。
イスラエルや日本に限らず、その国の政治制度が本来の人権や民主主義の概念に照らして不完全なものであったとしても、共産主義よりはましであり共産主義と戦う同志であれば多少は目をつぶることが、西側諸国の間では暗黙の了解とされていました。だからこそ米国は腐敗の蔓延していた南ベトナムを支援するためにベトナム戦争の泥沼に介入しましたし、民主的な選挙で選ばれたチリのアジェンテ政権を転覆させピノチェトによる冷酷な軍事独裁政権がその結果20年近く支配するに至ったのです。

しかし、これまで述べたイスラエルを取り巻く環境は、建国から70年代までの情勢に基づくものです。
その後、隣接する4ヶ国のうちエジプト及びヨルダンとは和平が締結され、90年代にはオスロ合意に基づいてパレスチナ自治政府も発足しています。
レバノンは1980年代から続いていた内戦がようやく落ち着きを見せたのはつい最近ですし、現在進行形で激しい内戦の続くシリアは言うまでもありません。
確かにヒズボラやハマスといったパレスチナ内の武装勢力は依然として脅威ではありますが、従来の国家同士による正規戦とは勝手が違いますし、非正規戦を中心とする彼らが武力でテルアビブを制圧したり国そのものを物理的に崩壊させたりすることが出来るとはとても思えません。
冷戦の終結によるパワーバランスの変動並びに、前回触れたような「アラブの春」に関連するアラブ圏の民度の変化は、説明するまでもないでしょう。

イスラエルも同盟国も、「アップデート」できているのか?

果たして、40年以上も経った現状認識が、現在にも整合するのでしょうか。
当のイスラエル自身は、情勢の変化に対してアップデート出来ているのでしょうか。
そして、「国そのものが死ぬか生きるかの瀬戸際なのだから、ルール違反もやむを得ないよね」という従来通りのロジックで、今現在イスラエル軍が継続している行為を正当化することが、果たして道理と言えるのでしょうか?

おそらく、イスラエルに友好的な西側の指導者層は、従来のロジックが余りにも当たり前過ぎてガザで展開されている現実との整合性を取ることが出来ず、一種のバグ状態に陥っているのでないかと思われます。

最大の同盟国(というより後見人)である米国は言うまでもありませんが、それ以上に頑なな姿勢を通し続けているのがドイツです。
説明するまでもなく、ホロコーストという20世紀最悪の戦争犯罪の加害者であり、それを徹底的に謝罪・清算することで第二次世界大戦後の周辺国からの信頼を回復したのも紛れもない事実です。
それを僅かでも否定することが戦後築き上げてきた国際的信用を根底から崩しかねないという不安と、今も燻り続けるネオナチ勢力に少しでも付け入る隙を与えかねない恐怖は、理解できなくもありません。

しかし、あくまで他国でしかないイスラエルそのものの是非についてまで国民あるい国外からの移住者に対し踏み絵を迫ることの正当性を、どう理論的に説明するのでしょうか?
これは後述しますが、イスラエルとユダヤは必ずしもイコールではありませんし、ホロコーストが犯罪であるのは人種差別に根差して特定の民族の絶滅さえ目論んだ大量虐殺行為だからであり、被害者がユダヤ人だからではありません。ホロコーストは人道ないし人権という人類普遍の価値観を踏みにじる行為だから全世界で重く受け止めるべき行為であって、ユダヤ人に対する残虐行為という認識に矮小化するのはその本質を見誤りかねないのです。

更に掘り下げようとすると膨大な文章になりますので、章を分けて引き続きます。


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