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なぜ見失い、何を確認するか

見失う週末と、確認する平日。

この言葉を愛でるだけ愛でて、何も中身を書いてませんでした。

飲食店あるあるですが、客層や客数は、平日と週末で大きく変わります。

一般的に週末のほうが、悪く、多い。

悪いと書くと語弊があるか。

慣れてない人が多い。

うちにもだし、カフェにもだし、外食にも。

あと、お客さんは平日と休日でテンションが変わります。

仕事中と遊び中ではそりゃ違う。

これには連れてる人の違いもあって、彼女の前だと気が大きくなる人もいる。

お店側は、平日だろうと休日だろうとやる事に変わりはなく。

接客をし、ドリンクを作り、提供する。これだけ。

ただ、平日ではスムーズにいく作業が、休日だとうまくいかない事が多く、その差にやられてしまうんです。

一人ひとりの小さな歪みが、大きなひび割れとなって心を蝕みます。

さらに客数の多さも相まって、先週は呼吸が浅くなるほどでした。

身も心も大ダメージ。

その時に思うのが、何の為にこんな仕事をしてるのかで。

大して稼げず、休みも無ければ、楽しくもない。

ただ、消費されるだけの生活に意味はあるのかと、急に全てが嫌になってしまうんです。

これが、見失う週末。

仕事を、自分を見失うです。

帰途につき、シャワーを浴び、映画を見て、心を落ち着かせ。

仕事は仕事、生きる為のツールだと言い聞かせ、床に就きます。

月曜。

もちろん眠い。

身も心も重い。

けど、家を出ると足取りは軽く。

なぜなら月曜日は、8時のオープンと同時にいつもの人が来てくれるのが分かっているからで。

何を話そうか、何が聞けるか。

それが楽しみで。

8時半にも、いつもの人が来てくれて。

近所に出来る新しい施設や猛暑についてグチり。

9時前になると、これまたいつもの人が楽しい話を聞かせてくれて。

週末の出来事なんて無かった事になり、この為に仕事をしてるんだと再確認出来るんです。

消費されるのではなく、互いに必要とする関係。

心地よく、意味のある生活。

これが確認する平日。

週末がどれだけ嫌なんだと見えてしまうんですが、そういう訳ではなくて。

これは仕方がないのです。どこのお店も同じです。

客数が増えるという事は、疲弊を伴うのです。

でも、週末にしか来れない人もいて。

その中にも大切な人がいて。

両親と共に子供の成長を見守ってる家族がいるし、平日の耐えられない日常を発散する為に必要としてくれる人もいる。

その人達がいるから週末の営業をやめようとは思いません。

売上を気にして営業してる訳ではなく、あくまでも人。

僕の頭に思い描いてる人が誰も来なくなったら、休日にするでしょう。

だから、平日も週末も大切なんです。

何がって、来てくれる人が。

週末は見失う事が多いんですが、合間合間に来てくれる癒やしがあるから乗り切れます。

これからもよろしくお願いします。

平日に来てくれてる人、いつもありがとうございます。

あなた達がいてくれるお陰でバランスが取れています。

引き続き、ご贔屓に。

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