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優しさの塊

この5日間、東京は猛暑で。

そんな猛暑の中、僕は歩いてお店に通っていたのです。

なぜなら、自転車がパンクをしていたので。

「平日の営業後だと自転車さんが閉まってるから、週末までは歩きなんよ」

そんなグチを常連さんに溢した所、直しに行きますと言ってくれて。

この人のお陰で、今日から地獄の徒歩通勤を回避する事が出来ました。

感謝しかないです。

この常連さんが自転車屋で働いている事は知っていたけれど、まさかそんな事をしてくれるなんて思わなくて。

優しさの塊ですね。

感謝しかないと書きましたが、有り難さと、申し訳なさも混ぜ込んで、よく分からないけど温かい気持ちになっています。

「直してくれないかなー」

そんな下心は一ミリも無くて。

もし、そんな事を思う時がきたとしたら、僕は自分にがっかりするでしょう。

堕ちたなと。

昔書いたと思うんですが、サービスは善意が前提なんです。

この場合、サービスと書くと少しニュアンスが違うので、書き直すと。

優しさとは、優しくしたいと思った時に自然と生まれるものです。

「優しくしてくれ!」

そんな事を言う奴には、石でもぶつけてやればよくて。

これは言い過ぎか。

僕は、優しくしたい人にだけ優しくしたくて、そんな人は「優しくしてくれ!」なんて、言わない人で。

何を周りに期待してるんだ。

自分がしてる事以上のものが、返ってくると思うなよ。

そもそも、何かが返ってくると思って行動してるとしたら、それは間違いで、下心なんて見透かされてんだからな。

そんな事を思っているのです。

「取らんと欲するものは、まず与えよ」

老子の言葉なんですが、これを浅く受け取りすぎなのです。

与えたから、ちょうだいじゃないんだよ。

あげるね。って、言われるまで待つんだよ。

というか、何かが欲しいから与えるって何だよ。

もっと内からこみ上げてこんかい!

すみません、また熱を帯びてしまいました。

でも、そんな人にだけ、不意に優しさが訪れるんだと思います。

こんな偉そうな事を書いておきながら、僕がそんな事をしてるかと言うと、微妙この上なくて。

そのへんのお地蔵さんぐらい、差し入れという名のお供え物も頂くんですが、喜びと困惑なのです。

僕はお店を営業しているだけなので。

一応、これは仕事で、対価も受け取ってますし。

だから、それを有り難いと思ってくれる、お客さんが優しいだけで。

恵まれているのです。

そんな人が周りにいると、僕もいつかはそんな人になりたいと思えて。

優しさの循環なのかな。

少なくとも、自転車のパンクを直してくれたように、困ってる人がいて、僕に出来る事があるのなら、その場に赴こうと思います。

嬉しかったし、助かったし、いてくれて良かったと思ったので。

出来る事はたかが知れてますが。

優しさの塊を受け取ったので、欠片ぐらいは誰かに渡そうと思うのです。




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