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New Zealandがくれた宝もの 8 Fishing Guide Graham フィッシングガイド グラハム

 朝からすっきりしない灰色の空。
さっぱり魚がつれない、私の心の色のようだ。
季節の変わり目のせいだろうか、このところ天候が安定しない日が続く。
が、懲りずに今日もブレイカウェイプールへ。
 パーキングには数台の車と、昨日のモーターホームが止っていた。
中にはまた奥さんがいて、書きものをしている。
仕事をしているのだろうか?
釣り支度をする私たちに気付いて、ニッコリ微笑んだ。

 もう一台、4WD車がパーキングにとまった。
中からはいかにもブリティッシュないでたち、オイルドジャケットにオイルドハットの釣り師が、黒い猟犬を連れて降り立った。
私たちがのろのろとウェーダーを履いているうちに、ささっと犬を連れて河原に降りていってしまった。
「なんだ、私たちのほうが先だったのに、、、」
あとに続いて降りていくと、河原の上流に立ち止まり、川の様子を見ている。
ここでは、先に来た人から下流にはいり、釣り上がるのがルールだと思い、私たちも立ち止まっていると、
「どうぞ、先にいってくれ。」と、手ぶりをした。
連れていた犬はワンワンと吠えながら、河原を走り回っていた。

 河原ではすでに来ていたグラハムとフレンドが、他の釣り人と話しをしていた。
お互いの釣果を確かめあっているらしい。
近寄っていくと、昨日のワイルドなお兄さんも一緒だった。
無視するわけにもいかないので、
「グッモーニン」と、声を掛けた。
「モーニン。キャッチ ア フィッシュ?」とワイルドなお兄さんに尋ねられた。
「ノー フィッシュ。」
「ユア キャースティング ウェル。」、、、うぇる?私のこと?
「せ、せ、せんきゅう。」小さな声で応えた。
ワイルドなお兄さんに、どうやらキャスティングを誉められたらしい。
な、なんだ、いい人じゃないか。
モーターホームの主も、どうやらこの人だ。
「そのウェーダーはフェルトソールか?」と、ワイルドなお兄さんが言った。
「イエス。」
「フェルトソールは滑らなくていい。」と、この人もまたグラハムと同じことを言う。

 考えてみれば地元の釣り師は、皆同じ黒いゴム長ウェーダーを履いている。
漁師がよく履いているようなアレである。
ソールは長靴の底のままだからゴムなのだ。
そういえば、ツランギの釣り具屋「スポーティングライフ」にも、この黒いゴム長しか売っていなかった。
フェルトソールのウェーダーは、こんなにベテランの釣り師たちでも、なかなか手が届かない、高価なものだったのである。
何の気なしに履いていたけれど、さぞ成金の東洋人に見えたことだろうと、少し恥ずかしくなった。

 釣りを始めようと下流に歩いていくと、先ほどの犬が河原で鴨を追いかけ回していた。
必死で逃げる鴨は、あせって思うように飛べないらしい。
ようやく、中州までバタバタと川を渡ると、犬はワンワンと吠えながら、川に入っていこうとした。
川は十分な水量である。
夏の渇水期ならば、歩いて中州まで渡ることができるが、今はとても無理だ。
犬だってきっと、流されてしまうだろう。
「おバカな犬め。」
そう思って見ていると、遠くからオイルドジャケットの釣り師がピューッと口笛を吹いた。
すると、犬はピタッと追うのを止め、すごすごと飼い主のもとへ帰って行くではないか。
感心してみていると、飼い主はグラハムと話しをしていた。
2人は知り合いらしかった。

 またフラフラと犬がやってきたので、私は思わずピュッと口笛を吹いてしまった。
すると、どうであろう。犬はこちらにタタタッと近寄り、私にピタッと体をあずけて止るのである。
狩猟のまえのスタンバイの姿勢なのだろうか?
「なんと、おりこうな犬だ。」
グラハムと飼い主が、こちらを見て笑っている。
犬は私のふとももあたりに、スリムな体をピタリとつけて離れない。
よしよしと頭をなでてやる。
犬はキリリとした顔つきで、川の方をじっと見据えている。
私のほうもつい、無意味に涼しい目つきで川を見つめてしまった。
 だんだん重たくなってきた。
犬が体重をかけてすりよっているのである。
口笛を吹いてはみたものの、このあとどうしていいか分からず、苦し紛れに、
「じゃ、これから釣りするから、バイバイ。」と、日本語で言い聞かせて、ムリヤリ離れた。
犬はクーンと鳴いてこちらを見ている。
「なんと、かわいいやつ。」

 私の前に入って流していたシンイチが、ストライク。
魚は2度ジャンプを繰り返すと、下流へ向かって走り出した。
シンイチは体重を後ろにかけロッドをささえている。
リールがジーッと鳴った。
どこまでも出ていくラインを、止めることすらできない。
魚は、中州の向こう側の流れにのってしまった。
ラインは音をたてて出ていく。
と、それまで大きく弧を描いていたロッドが、フッとまっすぐに伸びた。
ニンフの結び目から、ティペットがプッツリ切れてしまっていた。

 プールの上までひととうり流したところでアタリなし。
ランチタイム。
上流部が空いたのを見計らって、先程の犬の飼い主がウェットフライを流しはじめた。
岩の上に立って、大きくメンディングしながら、シンクティップラインを深みに送り込んでいく。
 オイルドジャケットを着こなす釣り師には、ウェットを流す人が多いような気がする。
これぞまさしく、フライフィッシングの本家本元、ブリティッシュスタイルか。
クラシカルで趣のある光景だ。
 何投目かでストライク。
「なんだ、ウェットでもちゃんと釣れるではないか。」と感心していると、一緒にランチをとっていたグラハムが、
「彼はフィッシングガイドのグラハム パイトだよ。」と、教えてくれた。
なるほど、やはり釣りのプロだったのか。
 ガイドのグラハムは一ぴき釣ると、こちらに向かって手を上げ、犬とともに帰って行った。

 先程から休みなく、ひたすら流している若いリーゼントヘアのお兄さんがいた。
友人と2人で来ているらしい。
が、連れてこられた友人のほうは、フライフィッシングは初心者らしく、キャスティングがさっぱりうまくいかない。
リーゼントヘアのお兄さんは、自分の釣りで頭がいっぱいの様子で、ちっとも友人のことなどかまっていられないようだ。
 ビュンビュンと音をたて、力まかせにロッドを振りまくっている。
友人はラインの扱い方がわからず、ロッドを前後にギッコンバッタン、ラインをピタピタ地面と水面にたたきつけている。
シュートしても、すぐ手前にハラハラハラとラインが落ちるだけ。
当然、魚など釣れるはずもなく、本人も釣れる気がしないらしい。
 首をかしげながらキャストを止め、河原に上がってきた。
石の上に座り、ぼんやりと他の釣り人を眺めている。

 リーゼントのお兄さんが、上までひととうり流し終えると、そちらに戻ってきた。
ようやく、友人もキャストを教えてもらえるのだろうか。
と見ていると、そのお兄さんザクザクと歩いて来たかと思うと、デイパックの中からおもむろにコーラの瓶を取り出した。
ロッドを持ったままグーッと一気に飲み干すと、また下流に向かってブンブンと歩いて行ってしまった。
 友人はまた一人、河原に取り残されてしまった。
その様子を見かねたグラハムが、友人のもとへ歩いて行った。
グラハムはロッドを振りながら、キャスティングを教えはじめた。
「前と後ろできちっとロッドを止めるように。決してロッドを寝かさないこと。」
友人が教えられたとうりにロッドを振ると、ラインはなんとなく前に飛んだ。
 リーゼントのお兄さんは相変わらず、一心不乱に流れに向かってキャストしていた。

 グラハムのフレンドはお昼で釣りを終え、ウェリントンへ帰るという。
彼は残念ながら、今日はノー フィッシュだった。
「See you again.」と、私が言うと、
「I hope so.」と、フレンドが応えた。
 グラハムも午後からニュージーランドのラグビーチーム、オールブラックスのゲームをテレビ観戦する、というのでフレンドと一緒にブレイカウェイを後にした。

 私たちはグラハムとフレンドを見送ると、また流れに戻ってキャストをはじめた。
すると上流の方から「ひゃっほーっ」と、声が聞こえてきた。
カヌーの一団が下ってくるのが見えた。上流でキャストしていた、あのワイルドなお兄さんはキャストを止めて、カヌーが通りすぎるのを待っている。
他の釣り人たちも、キャストを止め文句を言うでもなく、静かに待っていた。
「うーむ、迷惑な。」と、つい釣り人の立場で眉をしかめていると、
カヌーは岸よりの深場を、遠慮がちに流れていく。
目の前を通りすぎるカヌーから、
「釣れますか~?」と、声をかけられた。
フィッシングガイドのカンジ氏ではないか。
「だめですぅ~。」こちらも手を振ってこたえた。

 それからしばらく、誰にもアタリがなかった。
リーゼントの友人も、再びキャストがムチャクチャになってしまい、河原にあがってしまった。
友人は、リーゼントのお兄さんが飲み干して行ったコーラの空き瓶を片手に、首をかしげながら前に後ろに動かしている。
さっき、グラハムに教わったことを一人河原で思い返しているのだった。
 夕方近くになり、ようやくリーゼントのお兄さんが一匹キャッチした。
まさに、執念の一匹。
これで友人も、やっと家に帰ることができる。

 いつの間にかブレイカウェイプールに、他の釣り人の姿はなかった。
明日は月曜日。皆早めに、家路についているのだろう。

9.Ray & Mary へつづく

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