見出し画像

New Zealandがくれた宝もの 9 Ray & Marry レイ&マリー

 今日は天気がよければランチを持って、徒歩でしかアクセスできないプールへグラハムと出かける約束だった。
が、朝から強い雨と風。しかたがないので、お昼頃タイイングセットを持って、グラハムの家に遊びに行った。
 リビングに入ると、グラハムよりかなり年配の老人が、ソファーに腰掛けていた。
「He is Ray.」と、グラハムは紹介してくれた。
ナショナルバンク時代の同僚で、近所に住んでいるらしい。
「じゃ、また。」と、言ってレイはすぐに帰って行った。
せっかくのお客様のところ、おじゃまだったかしらと思っていると、
「今晩うちにディナーを食べに来ないか?」と、グラハムが言った。
「さっきのレイと、奥さんも一緒だから。」
なんとうれしい、おさそいだろう。

 今日のタイイングは、グローバグヤーンでつくるニュージーランド仕様、特大インジケーターと、レイクタウポで誕生したフライ、ミセスシンプソン。
 インジケーターはまず、オレンジのヤーンを8cmほどにカットし、真ん中をティペットでしばる。
この時、丸いワッカを作っておく。ワッカを下にしてヤーンをしぼりあげ、スレッドで元の部分を巻く。
これを丸ごとミュウシリンの液に漬け、乾かしておく。
乾いたら櫛でといて、余分なヤーンを除く。これでバッチリ、一日中よく浮いてくれるのだ。
一日使った後は、またミュウシリンに漬け、お手入れをすれば、何度でも使える。
 オレンジの他に、イエロー、ピンクなど、好みに合わせてブレンドしても、カラフルなインジケーターがいろいろ出来るのだ。
このインジケーター、あの超ヘビィウェイテッドニンフをつけても、ポコッと水面に浮いてくれる頼もしい奴で、ニュージーランドのニンフフィッシングには、なくてはならないものなのである。

 次は、世界的にもその名を知られる、ミセスシンプソン。
レイクタウポでは抜群の威力を誇るストリーマーだ。
その昔、レイクタウポにトラウトが放され、大きく成長した頃、イギリスからも貴族たちが、大勢釣りに訪れた。
当時イギリスでは、国王エドワード8世が、ミセスシンプソンという夫人にぞっこんとなり、その身分を投げうってまで結婚してしまう、という話題で持ちきりだった。
その話にあやかって、キング オブ イングランドならぬ、キング オブ レイクをゲットする期待をこめて、イギリス国王をゲットしてしまったミセスシンプソンという名が、このストリーマーフライに命名されたのである。
 まず、テールにブラックのスクゥイルテイルをつけ、ボディにレッドまたはイエローのシェニールかウールを巻きつける。
両サイドにコックフェザント ランプフェザーを2枚づつ、少しずらしてつければ出来上がり。

「ミセスシンプソンは湖でのナイトフィッシングで、よく釣れるフライだ。」と、グラハムは言った。
「昨日、ブレイカウェイで会ったガイドのグラハムは、おとといの晩ナイトフィッシングででかいブラウンを上げたそうだよ。」
 レイクタウポでは夜中の12時まで釣りをしてもよい。
夏は、辺りが暗くなる夜9時頃から、河口に立ち込んでの釣りをナイトフィッシングという。
「場所はオモリストリームの流れ込みだ。」と、グラハムはリビングの壁に張ってある、大きなレイクタウポ周辺の地図を指差した。 
 オモリストリームはツランギからレイクタウポ沿いに、車で30分ほど走ったところにある。
「小さな流れ込みなんだが、遠浅の浜辺で、ほんのちょっと、膝下ぐらい立込むだけでいい。特に、新月の真っ暗な夜にはブラウンが浅場についている。」
ブラウントラウトはレインボウなどと違い、とても神経質な性格を持っている。
明るい夜では、釣るのはなかなかムズカシイらしい。

 ナイトフィッシング、なにやら怪しい響きだ。
できればグラハムと一緒に行ってみたいものだが、残念ながらしばらくの間、ウェリントンに出かける用事があるという。
「じゃあ、これからマーケットに買い物にいってクッキングの支度をするから。今晩6時にまた会おう。」
私たちはグラハム宅をあとにした。

 ディナーへの手みやげを買うため、ショッピングモールの入り口にある、リカーショップへ行った。
ビールやワインが箱のまま無造作に積んである、ディスカウントショップのような趣の店だ。
 ニュージーランドはお酒も安い。
ビールは国産がいくつかあって、1本100円もしない。
アルコール度数は低めで、味も軽めのものが多い。
ワインもニュージーランド産が豊富にある。
他にジンやウィスキーなど、ひととうりのものが並んでいる。
私たちは、値段が手ごろでニュージーランド産なのに「モンタナ」という名前のワインをおみやげに買った。

 シンイチがタバコを切らしてしまったので、ショッピングモールの中にあるスーパーマーケットへ行った。
モール街には様々な店が並ぶ。
釣り具屋はもちろんのこと、本屋、果物屋、電気屋、銀行、郵便局、チャイニーズレストラン、イタリアンレストラン、肉屋。
 スモーク屋では魚やチーズ、肉まで、そこで薫製にしたものが並ぶ。
釣ったトラウトも、頼めばスモークにしてくれる。
ニュージーランドではトラウトの売買が禁止されているので、トラウトが食べたい場合は、自分で釣るか、釣ったものをもらうしかないのだ。
 とにかく、ここにくれば生活に必要なものは何でも揃う。
というより、ツランギの町ではここしか買い物する場所がないのだ。
皆、車でやってくるので、モール街のまわりは大きな駐車場だ。
このへんの合理的な街のつくりは、もとイギリス領地とはいえ、随分アメリカナイズされているようだ。

 スーパーマーケットのレジの前に、タバコが並んでいるボックスがあった。
ニュージーランドで売っているタバコは、どれも見慣れないものばかりだ。
イギリスからの輸入品が多いのだろうか?
さて、どれにしようかと値段を見ると、一箱20本入がどれもN.Z.$8 前後。
「アラ?」500円近いではないか。
 生活必需品がどれも安いニュージーランドでは、その反面、嗜好品にあたるタバコは税金が高く掛けられているのだった。
 ボックスの隅に、煙草の葉がそのままパック詰めされたものと、巻き紙、タバコの吸い口のフィルターがそれぞれ別にあった。
葉煙草は1袋N.Z.$3 前後、巻き紙、フィルターはそれぞれ100入ってN.Z.$1~2。
面倒だが、ここはひとつ、いちいち巻いて、吸ってもらうほかあるまい。

 ロッジへ戻ると、すでにニコチン禁断症状が出ているシンイチは、タバコを巻きはじめた。
紙の上にタバコの葉を置き、くるりと巻こうとするがうまくいかない。
葉が均等に散らばらないのだ。
でこぼこの紙巻きタバコに、シンイチは待ちきれずに火をつけた。
葉がスカスカなので、おもいきり吸いこまないと煙が吸えない。
「あ~あ、こんなことなら”セブンスター”もっと大事に吸っとけばよかった。」
シンイチは、葉の飛び散らかったテーブルの上で、ひとしきりぼやいた。

 夕方6時、約束通りグラハム宅へ。
中から出迎えてくれたグラハムは、いつものヨレヨレ姿ではない。
目の詰まったダークグリーンのセーターに、グレーのウールのスラックス、ブラウンの革のトラディショルシューズ。
七三にぴしっと分けたヘアスタイル、とビシッときまっているではないか。
 今日のグラハムは、立派なディナーのホストなのであった。
私たちといえば、釣りのことしか頭になかったので、いつものジーンズ姿だ。
こんなことならば、もうすこし洋服を持ってくるんだった。

 どれどれ、どんなご馳走が並んでいるのかと、ダイニングのテーブルを見渡すと、まだ何もない。
キッチンもいつものとうり、さっぱりキレイ。
ただ、かたわらの電気オーブンからは赤い光りが漏れ、肉の焼けるいい匂いがしていた。
 玄関のチャイムが鳴った。レイ夫妻だ。
私がドアを開けると、レイの奥さんがまず入ってきた。活発そうなご婦人だ。
「Nice to meet you!」私が調子よくあいさつすると、グラハムが
「マリーだよ。」と紹介してくれた。
マリーは何か早口で言った。
私が首をかしげていると、グラハムが
「もっと、ゆっくり喋ってくれないとわからないよ。」と、フォローしてくれた。
そうだ、気がつかなかったのだが、グラハムは今まで私たちに、恐ろしくゆっくり喋ってくれていたのだった。

 私たちはまず、ソファーに座った。
「何を飲む?」と、グラハムが聞いてまわり、食前にジンのソーダ割りが配られた。
袋から出した、ポテトチップをとってつまむ。
 レイもフライフィッシャーでよく釣りに出かけるが、年のせいで小さなフライが見えにくく、フライタイイングはマリーの役目なのだそうだ。
マリーはフライを巻くだけで、特に釣りはやらない。
そのタイイングの先生が、グラハムというわけだ。
「グラハムはナイスクッカーでもあるのよ。」と、マリーが言った。
 オーブンから取り出されたパレットには、こんがりと色よく焼けた大きなビーフのかたまりと、何やらポテト類がゴロゴロと湯気を立てているではないか。

 テーブルに、大きなお皿が一枚づつ配られた。
グラハムがローストビーフをナイフで一枚、一枚、薄く切り分けてそれぞれのお皿に盛ってくれた。付け合わせはポテト類だ。
ジャガイモ、サツマイモ、かぼちゃ、里芋、グリーンピース。ローストビーフの肉汁で作ったグレビーソースをかけていただく。
 赤ワインで乾杯。
当然のことながら、白いゴハンはない。
「日本では、どんなものを食べているのか?」と、レイに聞かれた。
「毎日、ライスにミソスープ、おかずを食べます。でも、最近はイタリアン、コリアンバーベキュー、チャイニーズ、インドカレーといろいろいただきます。」
と、私のつたない説明がわかったのかどうか、レイは不思議そうな顔をしていた。
 グラハムが戸棚から一枚のお皿を出してきて、
「ノリタイキ、ノリタイキ。」と、言った。
「ノリタイキ?」私とシンイチは顔を見合わせた。
お皿の裏に書かれている文字を見ると、
「NORITAKE」とある。
日本の陶器メーカーのノリタケのことであった。
ニュージーランドではAを「アイ」と発音するので、「Today」も「トゥダイ」になってしまうのだ。
日本の六本木で、支店長を勤めていた頃に揃えたものらしい。
グラハムは、「スモー」「イシヤキイモ~」など、他にもコトバを思いだしては、口にしてみせた。

 メインディッシュを終え、シンイチがタバコを吸おうと、ロッジで巻いてきたデコボコのタバコを取り出すと、グラハムが笑った。巻き方を教えてくれるという。
 まず、紙の上に均等に葉を多めにおく。
はじっこにフィルターをつけ、きつめに巻いていく。
はみ出た葉は、紙ごとチョキンとハサミで切れば、ぎっしり葉のつまった、カタチのよいタバコが完成。
 まるで既成品のようだ。
巻いたタバコを、グラハムはベンソン&ヘッジスの箱に入れた。
この間見た、ベンソン&ヘッジスのタバコの中身は、実は自家製の紙巻きタバコだったのだ。
だからグラハムはシンイチに聞いたのだ、「それは、テーラーメイドか?」と。
その様子を見ていたレイが言った。
「イッツ イブニングワーク。」
 ニュージーランドの愛煙家は、翌日吸う分のタバコを毎晩、巻いておくのだ。
そんなこともつゆ知らず、テーラーメード日本製タバコをバカバカ吸ってしまってもったいなかった!と、しきりに反省するシンイチであった。
シンイチはこれから毎日、嫌でもタバコを巻かなくてはならない。
毎日消耗するフライを巻くだけでも、タイヘンなのに。

 「デザートはプディングだ。」と、いうので何がでてくるかと思いきや、スーパーマーケットで売っているアイスクリームだった。
コーンの上にアイスクリームがのっていて、ペロペロなめるアレである。
 ニュージーランドの人は、甘いものが本当に好きだ。
いい年寄りが、食後においしそうにアイスクリームをなめる姿は、私たちには見慣れないので、ちょっと驚く。

 食器の後かたずけをしたあと、レイ&マリーと共にグラハム宅を出た。
外はひんやりと冷たく、夜空には一面に星が光っていた。

10. Omori Stream へつづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?