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New Zealandがくれた宝もの 12 Hitchhike ヒッチハイク

 シンイチもなんとか私に一匹釣らせようと、少し焦り始めていた。
このまま川で一匹も釣れずに、日本に帰るようなことにでもなれば、どれほど私が機嫌が悪くなるか想像がついたからだ。
 今日も朝から曇り空、時降り小雨がチラつく中、ブレイカウェイプールでまず、シンイチが私をガイドした。
「あの辺の流れのたるみがよさそうだ。」
何投かキャストして、見事にストライク。魚は2回ほどジャンプを繰り返したが、私はロッドをホールドしたまま、ゆっくりと河原に後退りし魚を寄せた、、、、。
ところが、足元まで寄せたところでなんとバレてしまった。
「うーっ。」どうしてキャッチできないんだ~?
私はたび重なるくやしさのあまり、かぶっていた帽子を河原にたたきつけた。
どうして、私だけ釣れないのだ?
込み上げてくる怒りを何処にぶつけてよいやら、イライラと立ち尽くす私にシンイチはなす術もなく、ただ無言で見守るだけだった。
「ウィティカウプールに行ってみようよ。」と、シンイチがふいに言った。
「朝一番に人が入っていても、時間をおけばまた魚がついているかもしれない。」
もうヤケだ。どこに行ったって釣れる気がしない。
私はムッとしたまま、言われるとうりにした。

 ブループールのパーキングに車を止めた。
2台ほど他にも駐車していたが、その先きのウィティカウプールに人影はなかった。
 私から早速釣り始める。
が、すでに気合いの抜けている私には、どうも釣れる気がしない。
ウィティカウプールは、先日グラハムと訪れたときよりもかなり減水していた。
下のサンドプールまで、石づたいに降りて行けそうだ。
 私はサンドプールの様子を見に、川を歩いていった。
シンイチはじっくりとウィティカウプールで粘っていた。

 ウィティカウから続く流れの向こう側が深く、手前はザラ瀬で100m程先が大きな落ち込みになっている。
その落ち込みのプールがサンドプールである。
こちらは特になんの変哲もないプールで、ポイントとなるのは落ち込みぐらいだろうか。
 と、シンイチが上のウィティカウプールでストライクしていた。
流芯に入られ、下流に向かって走られている。
先日より減水しているおかげで、河原が少し広くなったため、石づたいに魚をかけたまま降りてくる姿が見えた。
ラインが随分出てしまっていた。
 シンイチはハアハアいいながら、魚を追いかけてよろけながらも、石の上を飛んでいる。
「こっちのプールに入れれば取れそうだよー。」私は大声を上げた。
バッキングラインまでもがリールから引き出されてしまった。
魚は流芯からサンドプールに落ちた。
サンドプールの底は砂地なので、魚をずるずると引き上げれば割りと楽にランディングできた。
 なんとかキャッチした魚は、4ポンドの体の引き締まったメスのレインボウだった。
諦めずにじっくりと狙ったシンイチの勝利だった。
久しぶりにキャッチした魚だし、湖でなく川で釣ったレインボウも一度食べてみようということになり、キープして持ち帰ることにした。

 その後、私もウィティカウプールに戻り流してみた。
スポーニングストリームであるウィティカウストリームの流れ込み付近でなにかちょっと引くな、と思ったら20cmのかわいいレインボウがフライをくわえていた。
 日本の渓流であれば、20cmとはいえ十分狙うに値するサイズだし、ましてやワイルドトラウトとあらば大騒ぎするところなのだが、ここではどうも小魚をいじめているような気分だ。
きっと、ウィティカウストリームで去年の春あたりに生まれたチビさんたちなのだろうか。
あと2回、春を迎える頃には成魚となって川を下り、レイクタウポに降りて行くのだろう。

 夕闇がせまり、キープしたレインボウを片手にぶらさげ、私たちはブループールのパーキングへと小道を戻っていった。
パーキングにはすでに、他の車の姿はなかった。
どうも私たちは、いつも最後までねばってしまう。
性格がしつこいのだろうか。
 トランクを開け、グラハムに借りているオバケバケツに魚をいれた。
ウェーダーを脱ぎ、タックルを積み、さあ帰ろうとシンイチがエンジンスイッチにキーを差し込み回した。
「あれっ?」
キーがするっと向こう側まで回ってしまう。
が、エンジンがかからない。
なにが起っているかわからない私は、遊んでないで早くかえろうとシンイチをせかした。
なんどやってもエンジンはウンともスンともいわなかった。
壊れたのだ。
辺りはどんどん暗くなる。
川沿いの道には街灯などない。
安いレンタカーを借りたのがアダになった。

 しかたなく私たちは、必要な物だけ持って歩くことにした。
寒いのでレインウェアを着て、フレックスライトを手に持った。
車を後にし、ザクザク歩く。
ここから国道1号線までは、30分も歩けば出られるはずだ。
後はロッジまでヒッチハイクして帰るほかあるまい。
 この辺りでは駐車してある車を狙う、不貞の輩が少なくないらしい。
釣りをしている間でも、運が悪ければカーステレオ、タックル、果ては車ごと盗まれることがあるそうだ。
なので車を止めておく際は、車内にはいっさい物を置かないほうがよい。
ブレイカウェイのパーキングでも、盗難防止のハンドルロックをしている車を見かけた。
ああ、残してきたタックルとせっかくキープした魚が心配だ。
、、、魚は誰も盗らないか。
 不幸中の幸いか、今夜は月が出ている。
月明りだけでも結構明るいものだ。
辺りの暗い林からは何か出てきそうな雰囲気だが、熊はいるはずないし、現われたとしてもせいぜい野ウサギかオポッサムぐらいのものだろう。

 国道1号線に出た。
ニュージーランドではヒッチハイクはとてもポピュラーだ。
幹線道路沿いではザックを背負った、バックパッカーと呼ばれる若者たちをよく見かけた。
紙やダンボールに行き先を書いては、道行く車を止めていた。
北島では国道1号線をヒッチハイクで車を乗り継いで行けば、オークランドから北島の南端ウェリントンまで移動できるのだ。
そうそう、私たちだって同じ要領でやればいいのだ。
 、、、が、車はなかなか通らない。
ここは山の中の一本道。
辺りも真っ暗だ。
たまに車が通りかかり、道路の脇で私たちは手を振ってみるが、ライトに照らされたナゾの東洋人を見て、車は更にスピードを上げて走り去ってしまう。
ムリもないか。
私たちは釣り用のダークグリーンのレインジャケットにジーンズパンツ、シンイチはニュージーランド製ダークグリーンのオイルドハットをかぶっている。
こんな真っ暗闇の中に、手ぶらで暗い格好をした東洋人が2人、車を止めようとしている。
誰がどう見てもアヤシイに違いない。
かと言って、ここからツランギの街まで歩いたら、いったいどれほどかかることやら。
車ならさっと10分でついてしまうのに。
ただし時速100kmでの話だが。

 諦めてトボトボとツランギ方向へ歩き始めた時、一台の大型トラックが走ってきた。
2人で一生懸命手を振った。
キキーッと、そのトラックは道端に止ってくれた。
「天の助け!」と、ばかりに私たちは助手席のドアに駆け寄った。
怖いトラック野郎だったらどうしよう、と一瞬不安も脳裏によぎったが、そんなことも言ってられない。
エイヤッとドアを開け、随分高さのある助手席に乗り込んだ。
運転席には、Tシャツに短パン姿の体格のいい、金髪のお兄さんが座っていた。
「つ、釣りに来たんだけど車が故障で、、、。」と、言うと、
「何処まで?」と、聞く。
「ツランギのショッピングモールの入り口でけっこうです。」
「ヤッ。」お兄さんは威勢よく応えた。
エイヤッと声を掛けているのではなく、イエスをちぢめてヤッと言っているのである。
なんと心意気のいいトラック野郎であろう。

 トラックのシートからは前方がライトに照らされ、かなり遠くまでよく見渡せる。
これならば、困っている東洋人やヒッチハイカーなどすぐに見つけられるというものだ。
「It's nice view!」お礼の気持ちも込めてそんなことを口走ってみた。
 あっという間にツランギに着くと、お兄さんは無言で私たちを降ろしてくれた。
「Thank you very much!」ありったけの気持ちを込めて言った。
それしか伝える言葉がわからないのだ。
お兄さんは私たちに軽く片手を上げると、闇の中をタウポ方向に走り去っていった。
私たちのヒッチハイク初体験は、無事終了した。

 さて、ロッジに着くと私たちは安レンタカー屋に連絡しなくてはならなかった。
果たして、つたない英語でしかも電話で説明することができるだろうか?
 カンジ氏に助けを求めることにした。
彼は、ツランギから車で10分程の別荘地に住んでいる。
知らせを聞いてすぐに駆けつけてくれた。
とりあえず安レンタカー屋に連絡してもらった。
 どうも、安レンタカー屋がモゴモゴ言うには、一度キーを壊されて盗難にあった車なのだという。
修理したけれども、また壊れてしまったかという話だった。
なるほどシンイチも、どうもキーの噛みぐあいがおかしいなと前々から感じていたと言うのだ。
 残してきたタックルと魚が心配なので、カンジ氏の車で先程ようやく脱出した場所へ、あっという間に逆もどり。
車はまだ無事だった。車をけん引して帰ろうかとも考えたが、ハンドルがロックされていて無理だった。
明日、安レンタカー屋が修理屋を連れて取りに来るという。

 ロッジにもどりカンジ氏にお礼を言って別れた後、はてこの魚をこれから下ろそうか、どうしたものかと部屋の前で考えていると、ロッジの主人が通りかかった。
「いい魚じゃないか。釣ったのか?すぐ食べないんだったら、冷凍しといてやろうか?」
かくして、大変な思いをして運んできたこの魚は、ロッジの倉庫の大きな冷凍庫に入れられ、冷凍のまま日本に持ち帰ることになった。

13. Winzer Lodgeへつづく

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