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New Zealandがくれた宝もの 13 Winzer Lodge ウィンザーロッジ

 ニュージーランドに来て間もない頃、フィッシングガイドのカンジ宅で出会った、コーゾーという青年がいた。
彼は、3年間勤めた繊維貿易会社を辞め、1年前にニュージーランドにやって来た。
そして、こちらで初めてフライフィッシングを覚えたという経歴の持ち主だ。
 今ではすっかり、ニュージーランドとフライフィッシングが気にいってしまい、将来はこちらでフィッシングガイドをして暮らしたいという。
うらやましい話だ。
 彼はツランギよりもずっとタウポ寄りの、ワイタハヌイリバーの河口にある街、というよりは集落に住んでいた。
ウィンザーロッジという、キャンプ場とモーターロッジを兼ね備えたところに、部屋を安く間借りしていたのだ。
 彼には前から言われていた。
「日本に帰る前に、必ず一度来てください。ワイタハヌイはとてもいい川ですし、私がバッチリガイドしてきっと釣っていただきますから。」
ツランギに来て早3週間あまりが過ぎた。
つい夢中になってトンガリロリバーばかり通ってしまった。
私としては、ここまできたらなんとかトンガリロで一匹上げたいところだったが、
「コーゾー氏が、せっかく言ってくれるんだし一度行ってみようよ。」
と、シンイチが言うので、早速連絡をとってみた。
私たちに残された時間は、あと3日しかない。

 このところ、風の強い日が続いていた。
トンガリロリバーでは、河原が広く風が吹き抜けるため、風は大敵だ。
「そちらの様子はどうですか?」シンイチが電話で尋ねた。
「トンガリロと違って川幅も狭く、川岸は木がかぶってますから風の影響はまったくありません。魚さえ入っていれば、狙うポイントは限られていますので、釣れる確率は高いです。それにワイタハヌイの上流部は釣れても、取り込みが難しいので釣人もあまり入りませんし。」と、いうコーゾーの力強い言葉が返ってきた。
これはもう、行くしかないではないか。

 私たちは、さんざんな目にあった安レンタカーを返しにタウポの街までいった。
文句の一つも言ってやろうと思っていたのだが、安レンタカー屋のオヤジときたらトラブルには慣れているらしく、調子のいいこと。
「Are you ISHIKAWA? オー!ジーザス!なーんて申し分けないことをしたでしょう!それがもう、車を取りに行ったら大変で。修理屋が川に落っこちゃって、そりゃもうドラーマティック!」
と、身振り手ぶりよろしくわめきたてた。
大変だったのはこっちのほうだよ、と思いながら、オヤジの勢いに圧倒されていると、奥からなにやら持ってきた。
勤め先のビールメーカーのグラスやら、Tシャツを手渡され、結局いいようにあしらわれてしまった。
 まいっか、これから、オークランド空港まで借りるのは前々から予約しておいた、信頼のエイビス車だ。
私たちはエイビス車に乗り換え、タウポから15分程ツランギへ戻ったところにある、コーゾーの待つワイタハヌイへと向かった。

 レイクタウポ沿いに走る国道1号線からは、ワイタハヌイのリバーマウスがよく見える。
パーキングスペースもあるので、ここはいつも釣り人と、それを見に寄る観光客で賑わっている。
川をまたぐ国道1号線の橋からは、流れに定位する50~60cmのレインボウトラウトがはっきりと確認できる。
 釣り人は4人。
オイルドジャケットを着た老人が、流していたウェットフライにヒットした。
老人は腰まで水に浸かっているが、レインボウがヒットしても慌てず、騒がず、ロッドを小脇にはさむとおもむろにタバコに火をつけた。
ゆっくりタバコを吸い終わると、ようやくぐりぐりとリールにラインを巻きはじめた。
 ここは流れが深く緩やかで、ブッシュなどの障害物もない。
向こう合わせなので、フッキングががっちりできるということもあるが、大きなフックにおそろしく太いティペット、そして番手の高い棒のようなロッドで、強引にズルズルと寄せているのだろうか。
 いづれにしても、なんとのんきな、フライフィッシングというよりは漁という感じの釣りである。
おそるべし、地元の釣り師。

 ウィンザーロッジは国道1号線沿いに建っていた。
ロッジの部屋数はおよそ10、トイレ、バス、キッチン付きでリーズナブルな価格で借りられる。
メインハウスは小さな駄菓子屋も兼ねており、授業を終えた小学生たちで賑わっていた。
 そのメインハウスの一角にコーゾーは間借りしていた。
各部屋は狭いけれど、ベッドルームにリビングルーム、キッチン、バス、トイレと一人暮しには十分な居住空間だ。
「夏の間はバックパッカーが利用する、ベッドだけの部屋を借りていたんですけれど、冬を迎えたら寒くて、寒くて、耐え切れずにここに安くおいてもらえるようお願いしたんですよ。」と、コーゾーは言った。
今では、ここのオーナー夫妻とは家族のようなおつきあいをさせてもらっているらしい。

 このウィンザーロッジは、なんと今売りに出されているという。
と、言うとなんだか商売に失敗したかのように聞こえるがそうではない。
聞けば、子供たちも立派に成人てしまったというここのオーナー夫妻は、このロッジの営業権を売って、しばらくあちこち旅行してまわるというのだ。
 ニュージーランドではこういった話は珍しくない。
モーテルやロッジというのも、大抵は土地や建物自体を買って経営するのではなく、現存する建物の営業権を買って経営するのだ。
そのため、オーナーが変わってもそのロッジの名前や電話番号、出入りのクリーニング業者まで、システムのすべてが変わることなく、受け継がれていくのだ。

 そんな訳で、営業権を買って経営し、ある程度貯金が溜まると、そこを売って1年程旅行をしたりして遊ぶ。
そしてまた、どこかの営業権を買って仕事につく、と、こういうことらしい。
 まったく、なんともうらやましい話だ。
ウィンザーロッジの営業権も、日本の物価から比べればさほど高いものではない。
思わず、私たちもロッジ経営を頭に描いたのだが、コーゾーいわく、
「ここの仕事は大変ですよ。毎日お菓子を買いに来る子供たちの顔と名前を、覚えておかなくてはいけませんから。」
子供たちの親から、事前におこづかいを預かっておくので、どの子がいくら使ったか、毎日計算しなくてはならないのだ。
これでは少し、私たちには荷が重いかもしれない。

14. Witahanuiへつづく

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