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【みみ #15】同じ障害の挑戦者を知るだけで救われた

瀬川 勝盛さん


 「自分の子供がめちゃめちゃ好きなんですよ。本当に、ちょっと変なくらい。」

 瀬川さんがそれだけ愛する娘さんが5歳の時だった。保育園で糸電話をした際、娘さんが他の子と同じ右耳に当てた紙コップをわざわざ左耳に変えた。第7話でご紹介した佐瀬さんの片耳難聴が判明したシチュエーションと酷似している。

 「イヤホンで試してみたら、“聞こえない”」と娘さんから返ってきた。振り返っても「言われてみれば、え?と聞き返すことが多かったなぐらいで、全く気付かなかった」。


 瀬川さんは現在、東京医科歯科大学で基礎医学研究に取り組む研究者だ。家系的に周りが医師という環境でも育った。『ABR』と呼ばれる新生児の聴覚スクリーニング検査はパスしていた、、ムンプスのワクチンも打っている、、耳鼻科の友人をはじめ色々な医師に聞いてもいつ何が原因で難聴になったかわからない、、子供に突発性難聴は稀とされている、、そんな苦悩を抱えながら「糸電話で気付いてからしばらくして、いずれにせよ、娘が聴覚を取り戻すことはできないとわかった」。

 研究者として、「医学は、治ればいいけれど、治らないと何もできない」と頭ではわかっていたはずだった。でも、正直、「自分の娘となれば、全く許容できなかった」。事実を受け入れなければならないことに、「動揺しないタイプだと思っていた自分が、驚くぐらい動揺した。そこまで落ち込んだことは人生初めてだった」。


 「本当に救われたんです」。研究者としてではなく一父親として情報を探し始めて出会った、同じような症状を持つ当事者やそのハンデを自ら解決しようとする挑戦者に救われた。

 最初に見つけたのは、第14話でご紹介した、難聴の子どもやその親の悩みに寄り添う『デフサポ』を主宰し、自らも両耳とも重度の難聴のある牧野さん。「語弊があるかもしれないけれど、耳が聞こえていようがなかろうが、その人が“前”を向きさえすれば、何とでもなるんだ」と思わせてもらった。難聴があるとは信じられないほどの素晴らしいキャリアと、屈託のない笑顔に救われた。

 次に見つけたのは、片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』。瀬川さんは「鼻息荒く“何かお手伝いできませんか?”」とすぐに連絡を取る。「娘が幸せになってほしい。そのモチベーションで何かできれば、同じような経験をされている方の力になれるんじゃないか、その一心でした」。でも、のぞいてみると、本当に熱心な当事者の方々が自律的に運営されている姿を見て「サポーターというよりはファン」になった。

 第6話でご紹介した、片耳難聴の当事者であり、そうした当事者の聴覚を補う眼鏡型デバイス『asEars』の開発者でもある高木さんにも「勇気をもらった」。

 娘さんが片耳難聴であることがわかった頃からを振り返るように、瀬川さんが話された。「(同じ障害に)色んな形でチャレンジする人がいると知るだけで救われる人がいるんですよ」。


 瀬川さんの娘さんは現在、小学校5年生になった。「無視しているなんて言われることもあったようだが、(片耳難聴であることを)折々で周囲に開示しながら、楽しくやっている」。やはり、本人が“前”を向きさえすれば、何とでもなるんだ、、と感じている。


 「未来は明るいと思っています」。瀬川さんが京都大学で基礎研究を学んだのは、医化学教室という生化学の教室。腫瘍免疫の研究でノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑(ほんじょたすく)先生も過去に主宰されていた教室。学生の頃にまだまだ怪しいと言われていた腫瘍免疫療法は「20年経って革新的な医療になった」。基礎研究に身を置く今はそれ以上に「医療や科学技術の発展がすさまじい。プロであるはずの自分も、ついていくだけも精一杯。恐ろしいくらいのスピード。」。

 だからこそ、片耳難聴に対する人工内耳など医療的な側面はもちろん、高木さんが取り組まれている眼鏡型デバイス『asEars』をはじめとして「ここからどう発展するのか、聴力サポートデバイスの未来も明るいと信じている」。


 そんな日が来るまでは、娘さんを取り巻く環境の変化に期待したい。見えない障害を「学校の先生が知らないのは、当たり前」。だからこそ、左耳の聴力を失ったヒロインが登場するNHK連続テレビ小説の「『半分、青い。』は(社会への理解を広める上で)最強だった」。ドラマだけではない。芸能界でも「Mrs. GREEN APPLEの大森さん、堂本剛さん、浜崎あゆみさん、大友康平さんなど片耳難聴を経験したと報じられた方々がおられます。このような著名な方々にもっと発信して頂ければ」という想いもある。「“ちょっと知ってる”でいいと思うんです。浅い底上げをいかに達成するか。それで学校の先生も知ってもらえたら。」と表現された瀬川さんの言葉が心に残る。

 片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』は、権利ばかりを主張する団体ではなく、同じ障害をもつ人の様々な考えをうまく取り込んでいるからこそ「うまくいってほしいと思うし、そういった取り組みこそ行政が支援したらいい」と感じている。


 瀬川さんは『デフサポ』を主宰する牧野さんに一度だけLINEしたことがある。「You are the sunshine of my family」と送り、家族が本当に感謝していることを伝えた。

 娘さんが社会に出て活躍する頃に、障害を支援する医療やデバイスは、そしてその当事者による活動はどう変わっているだろうか。それらの発展の結果、今度は娘さんが「my sunshine」と感謝されるロールモデルとして活躍する未来を想像せずにはいられない。



▷ デフサポ


▷ 片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』


▷ asEars



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