見出し画像

【みみ #8】研究の先にこそ正しい診断と解決策が現れる

佐瀬 文一さん(後編)


前編から続く)


 『片耳難聴』のある人が日常生活を送る上での困りごとは大きく3つ。前編でご紹介した1️⃣「難聴耳側での聴き取り」、2️⃣「騒音下での聴き取り」に続けて、3️⃣「音の方向知覚」をご紹介する。


3️⃣ 音の方向知覚

 人は、「左右の耳に入る音の時間の差」と「左右の耳に入る音の音圧差(音の大きさの差)」という“両耳間の差”を手がかりに音の方向を知覚している。片耳難聴のある人は、その手がかりを利用することが難しく、音の方向知覚が困難になってしまう。

 このことは、危険察知や呼びかけへの対応を不便にする。例えば、サイレンなどの危険を示す音の方向を察知したり、サッカーやバスケなど団体スポーツの声かけにうまく反応したりすることが難しくなる。

 また、音の方向知覚は、今やゲームの世界でも重要な要素だ。佐瀬さんは『PUBG Mobile』というFPSゲーム(注:ファーストパーソン・シューティングゲームの略で、プレーヤーが操作するキャラクター本人の視点でゲーム中の空間を動いて戦うゲーム)で遊ばれるそうだが、敵や銃声を察知するのに音が重要な要素になるところ、不利に働く。「みみ」ではなく「め」の第12話で、対戦型格闘ゲーム『ストリートファイター』において対戦相手との距離を音で知らせるなど様々な「サウンドアクセシビリティ」が実装されたことで、盲目のプレーヤーが晴眼者に勝利したことをご紹介させて頂いたが、「みみ」の世界でも新しいアクセシビリティがあってもいいはずだ。


 こうした困りごとを日常的に解決する機器として、第6話でもご紹介したように、通常の補聴器に加えて、『クロス(CROS, Contralateral Routing of Signal)補聴器』、『ワイヤレス補聴援助システム』『人工内耳』、『骨固定型補聴器(Bahaシステム)』などがある。しかし、これらの機器には、使用場面が限られたり、前述の3つの困りごとには一長一短であったり、さらには、金銭面や手術の必要性まで,まだまだ課題は多い。


 加えて、当事者である佐瀬さんが感じるのは、「“当事者の体感する課題”と“医者や技術者の認識”とのギャップ」だ。佐瀬さんが片耳難聴に気付いた25年前、医師からの診断は「片耳が聴こえれば問題ない」というものだった。現代では、補聴器や手術などの提案があるかもしれない。しかし、仮に何か提案があったとしても、金銭面などのコストや、手術のリスクは壁となる。片耳でも生活でき得る中で「どこまで解決に乗り出すか」というバランスは難しい。また、補聴器などのメーカー側も「片耳難聴用の機器は完成されたものと見ている」ように感じている。


 ただ、佐瀬さんは「技術をもつ人が課題を正しく認識すればもっと環境を改善できる」と考えている。そのためには「“より片耳難聴にフォーカスした“研究の発展が必要」だ。

 佐瀬さんは大学院時代、当事者でもある研究者として、「片耳のみでの音の方向知覚メカニズム」に関する研究に取り組んだ。大手機器メーカーに就職した今でも、終業後に研究を続けている。

 佐瀬さんは、こうした研究の発展の先に、個別性が強い『片耳難聴』に対して適切な診断ができるようになり、前述の3つの困りごとに効果がある最適な補聴システムが開発されることを願っている。さらに、それが娯楽にも使えるとなれば広がりも早い。


 実は、佐瀬さんは、大学院時代にこの研究に取り組むまで、自身と同じ片耳難聴者に出会ったことがなかった。佐瀬さんご自身は学生時代の自己紹介の場で積極的に自身が片耳難聴であることを開示していたが、当事者にはまず「開示するか開示しないままにするか」の分かれ目があるそうで、外に打ち明けない人も多いのだ。

 佐瀬さんは大学院時代、東京都が主催する、聴覚障害や手話についての理解を深めるイベント『TOKYOみみカレッジ』で研究内容を紹介する機会を得た。そこで初めて他の当事者とつながり、実験にも協力してもらい、被験者はそれまでの自分以外に広がった。さらに、その研究から日本学術振興会の『特別研究員』にも採用された。さらにさらに、その研究を第6話でご紹介した高木さんが見つけてくれ、当事者でもある研究者同士で知見を共有することも叶った。


 『片耳難聴』は目に見えない障害だ。だからこそ、誰かが声を上げて何かに取り組んで初めて理解が進み、協力者が現れる。私たちのこの取組もこうしたつながりの端緒になれたら嬉しいと、佐瀬さんとお会いして改めて思った。


▷ PUBG Mobile


▷ ストリートファイター

https://www.streetfighter.com/6/ja-jp


▷ TOKYOみみカレッジ



⭐ コミュニティメンバー大募集

 Inclusive Hubでは高齢・障害分野の課題を正しく捉え、その課題解決に取り組むための当事者及び研究者や開発者などの支援者、取り組みにご共感いただいた応援者からなるコミュニティを運営しており、ご参加いただける方を募集しています。


Inclusive Hub とは

▷  公式ライン
▷  X (Twitter)
▷  Inclusive Hub


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?