【こえ #26】声を失うと聞かされて「娘と泣きながら別れた」…
白井 久美子さん
千葉県在住の白井さんは約29年前、喉頭(声帯)に隣接する下咽頭にがんが見つかった。もし喉頭(声帯)そのものにがんが見つかった場合は喉頭(声帯)だけをとる「単純喉頭摘出(単純喉摘)」手術になる。しかし、白井さんは将来の再発率も鑑みてがんに隣接する喉頭(声帯)“も”とらざるをえない上、がんがある下咽頭をとったことで失われた食道の管構造を作り直すために空腸(小腸の胃に近い方)を移植する「食道再建」手術を受けなければならなかった。
声を失うという説明を入院した日に教授診察で聞かされて「娘と泣きながら別れた」。
当時、喉頭(声帯)を摘出した後の生活の見当もつかない。「今みたいにネットで調べることもできずに情報がなく、当時は体力も落ちていてそれどころじゃなかった」と振り返る。
当時入院していた病院に一人だけ「単純喉摘」手術を受けた患者さんがおられ、先に退院されていた。退院1か月後に定期健診で病院に来られた際に「もう声が出ていて」驚かされた。その時に、その方が退院後に入会した『京葉喉友会』の存在を知った。千葉県からの委託を受けて、喉頭がんや下咽頭・食道がんなどで声帯を失くされた方々が食道発声法や電気式人工喉頭(EL)発声法による「第二の声」を習得する活動が行われてた。声は「簡単に出るんだと思った」。
しかし、それは大きな間違いだった。当時、他の会員は皆「単純喉摘」で、白井さんと同じ「食道再建」の会員は誰もいなかった。
白井さんは、「あ」とたった一文字を発声するのに約6カ月、「あたま」と三文字を発声するのに約1年の時間を要した。発声の難しさ以上に、他の会員に「難しさを理解してもらえなかった」。
そんな理解してもらえない中でも3年ほど発声練習を続けた頃だった。東京都で同じように、声帯を失くされた方々が新たな発声法に取り組む『銀鈴会』による研修を通じて、自分と同じ「食道再建」の方に出会った。「食道再建」による発声の難しさが「やっと他の方にもわかってもらえた」。
白井さんは約5年かけて電話でも話せるほどの発声を身につけ、千葉県における「食道再建」のパイオニアとして発声の指導員を務めるまでになられた。
ただ、発声を身につけてもどうしても声量が小さく「雑踏では声が届かない」ため、外出時の会話補助に携帯型のワイヤレス・マイクスピーカーを携行することがあるそう。市町村で給付を受けられるため持っている会員も多いそうだが、「音はいいけど、重い。サッとバッグに入れて持って出れる軽さになってくれないかと思う」。ちょっとした製品改善のヒントがありそうだ。
今年2月、顔を出さなくなっていた『京葉喉友会』の会長さんから役員宛に「閉会する」旨のファックスが届いた。
会員は80名近くいて、毎週30名程度は発声練習に参加する、千葉県唯一の当事者会。「自分は年齢的に辞めてもいいけれど、いま練習している他の会員さんはどうするのか」と思い立ち、現副会長である石橋さんをはじめとする他の方々の協力も得て県庁や市役所に対して会の継続やそのための公共施設利用を働きかけ、何とか会を存続させた。
そこから迎えた5月末の『京葉喉友会』の会員総会。新会長としてデビューする予定が、色々な苦労があったのか「めまいで倒れて救急車で運ばれちゃって」と可愛らしく苦笑いされた。
現在79歳。「次につなげていくのが私の仕事」ときっぱりおっしゃった姿はとても凛々しかった。
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