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【め #30】視覚障害者の移動を支援するAIスーツケース

高木 啓伸さん(前編)



 視覚障害者の移動を支援する自律型ナビゲーションロボット『AIスーツケース』。見た目は、文字通りスーツケース。内部にコンピュータやセンサ、モータなどが組み込まれており、スーツケースが人や障害物を避けながら、目的地まで安全にユーザーを案内してくれる。これに取り組むのは、国立の科学館である『日本科学未来館』だ。『一般社団法人次世代移動支援技術開発コンソーシアム』(AIスーツケースコンソーシアム)から技術協力を受けて、館内などで実証実験が行われている。



 この日本科学未来館の副館長を務める高木さんが、1999年に新卒で入社したIBM東京基礎研究所には現在同じく日本科学未来館の館長を務める浅川智恵子さんがいた。14歳の時に失明するも、その後、数々の視覚障害者支援のプロジェクトや情報アクセシビリティの分野で大きな功績を上げた第一線の研究者である。

 「あれ以来ずっと、一緒に研究開発を行なっています」。大学時代に“視線”を入力するインタフェースの研究をしていた高木さんは、社会に出るや、ある意味真逆とも言える視覚に障害のある人のための”視覚を用いない”情報技術の研究に取り組んできた。


 その後、2014年頃から2017年頃までは、視覚障害者をナビゲートするスマートフォンアプリの開発に取り組んだ。しかし、スマホでは位置測定の誤差を視覚障害者が白杖で補正できる範囲、つまり1.5メートル程度におさめることが非常に難しかった。さらに、「スマホを併用しても白杖を使って歩くことは認知負荷が高く、街を楽しむのは難しい」。結論として、「スマホでは技術的な限界を感じた」。

 そんな時に浅川さんから「スーツケースを一歩前にして歩けば、壁や障害物には先にぶつかり、階段では先に落ちるので安心して歩くことができる。だったら、それにセンサとAIとモータを載せて誘導できないか。」というアイデアが出る。周囲は確かにそうだとは思ったものの、「ロボット開発は経験がなく、どんな技術の組み合わせが必要で、その技術がどれほど難しいのかもわからなかった」。

 しかし、思い描いていた未来があったからこそプロジェクトは走り出した。「視覚障害者が元気に学校に行く、精力的に仕事をし、アクティブに社会参加する。そのために情報機器を使いこなす」未来。米国では、視覚障害者であっても情報機器を使いこなしてバリバリ仕事をする姿を見てきた。ハンディキャップを超えて、自分の能力を活かしてアクティブに「自分らしくやりたいことを自由にやる。そんな人生や生活の選択肢が溢れている」未来だった。


 浅川さんが客員教授を務めている米カーネギーメロン大学のロボット研究者が中心となって2017年にプロジェクトはスタートした。ロボット開発は、センサやモータといったハードウェアだけでなく、高度なソフトウェア技術までが必要で、「総合芸術」とも言えるような複雑さがある。そのため、2019年には異なる分野の技術をもった国内企業と一緒にAIスーツケースの社会実装を目指す『AIスーツケースコンソーシアム』を立ち上げた。翌年2月の記者会見には「ものすごい数のプレスが訪れ、その注目度に私たち自身が驚いた」。

 その後のコロナ禍で、部品の調達もままならず、在宅でロボットを組み立てるほかなく、実証する場所もない状態になった。メンバーの「家の廊下でロボットを走らせたこともあった」。しかし、そうした苦労を経て、実証実験を日本や米国で続けた結果、今や、AIスーツケースに実際に触れた人は「のべ約1000人」にも上る。



 そこから見えてきた最も大きな課題は、「人混み」だった。例えば、車の自動運転であれば、「車線を走り交差点で曲がる」という当たり前の交通ルールがあるが、「人には、それがない」。AIスーツケースでは「歩行者が四方八方どの方向から接近するかわからない。子供たちがロボットに気づかずに接近する、などルールがない」のだ。

 こうした環境に対して「今の技術で対応するのには限界がある」。しかし、間髪入れずに高木さんが力を込めた。「だからこそ、社会に必要とされているAIスーツケースが先頭に立って技術を前にすすめて社会実装に向かって前進していきたい」。

 障害者のニーズにより生まれた技術が社会実装の先頭にたった歴史的な事例は数多くある。今では当たり前にネット動画、テレビ番組、スマートフォン、カーナビなどで使われている音声合成の技術も、1990年代にはまだとても自然とは言えない「ロボットのような音声」だった。それでも「視覚障害者にとっては非常に重要な文字情報を読む道具だった。だから視覚障害者がアーリーアダプター(ある技術の最初期のユーザー)として使い続けた」。その結果技術が向上し、誰もが使う技術に成熟した。「障害者が技術の発展を助けた」。

 「人の多い状況下でも人をアシストしてくれるロボット」を実現する技術も、今後まさに視覚障害者のもとで発展していく可能性がある。日本科学未来館では現在、AIスーツケースの体験が常時運用されている。「期限なしに視覚障害者のためのナビゲーションロボットを常時運用するのは世界初」だそうで、「チャレンジングだが、色々なシチュエーションでのデータを多くとって、技術を向上させる」ことが目的だ。


後編に続く)

画像提供:日本科学未来館




▷ AIスーツケース




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