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【みみ #24】大企業の技術開発を障がい者向けに活かす

木下 健悟さん


 日本を代表するオフィス機器やデジタルサービスを提供する株式会社リコーが、聴覚障がい者向けコミュニケーションサービスを開発・提供していることをご存じだろうか?その名も『Pekoe(ペコ)』と可愛らしく、People+声(koe)で「みんなの声」という造語だそう。

 このサービスを利用することで、遠隔会議の音声をリアルタイムに文字化できるとともに、画面共有している資料と並べて表示することができ、かつ仮に文字の誤認識があったとしてもその場で修正できて、最終的には会議録の形にもなるという便利なツールだ。


 このツール開発の起点は、必ずしも“障がい”ではなく、リコーによる一般向けの事務機器開発にある。当時は、現在では当たり前となったWeb会議ツールの「音声文字起こし機能」がまだなかった時代。社内では、既に販売されていた会議用の『インタラクティブホワイトボード(電子黒板)』に、音声認識の機能を追加する開発が進められていた。そんな中で、手話通訳の手配をしていた社員が聴覚障がい者向けに活用できないかと提案したことが、『Pekoe(ペコ)』が誕生するきっかけになった。

 そこから開発チームが社内の聴覚障がい者へのヒアリングを始める中で出会ったのが、社内の別部署にいた木下さんだった。木下さんは、生後間もない頃に病気の治療で使用されたストレプトマイシンの副作用により聴覚を失い、現在は聴覚障がい3級である(「鉄道のガード下の音(90dB)」程の大きな音で,やっと聞こえるレベル)。

 そんな木下さんは、声がかかるや、勤務時間の一部(20%)を使ってやりたい仕事にチャレンジできる社内副業制度を利用し、「一緒に活動したくて手を挙げた」。

 さらに翌年2020年には、『Pekoe(ペコ)』開発チームは新規事業として社内のアクセラレータープログラムに応募し、見事採択される。会社としての支援体制が整ったところで、木下さんも「正式に100%異動した」。


 その後、多くの機能がアップデートされていった。例えば、聴覚障がいのある当事者がチャットで発言しても気づかれないことがあるため、目立つ色に強調できるようにした。どうしても理解できない誤認識には明示的に「?」マークを付けられる機能も加わった。木下さんをはじめ「社内の“聞こえない人”が意見を加えていった」結果だった。

 そうした社内トライアルには30名が登録し、2021年には社外トライアルで約40社に利用してもらい、その後2022年8月に『Pekoe(ペコ)』は正式にテスト販売された。


 現在、『Pekoe(ペコ)』の利用先は、さらに広がっている。今年4月1日に「世田谷区手話言語条例」が施行されたことを契機に、同区をホストエリアとするラグビーチーム『リコーブラックラムズ東京』による試合では、「誰もが楽しめるラグビー観戦環境」に向けて、視覚障がい者向けに『Pekoe(ペコ)』を使ったスタジアムMCの声のテキスト配信が始まっている(参考プレスリリース)。

 実際、私も現場に行くと、MCによる掛け声はもちろん、難しいルールの解説やトライを取った選手の名前なども細かく文字化され、そこに誤認識があれば即座に修正もされていた。“聞こえる”私でさえ聞き逃したMCの解説をフォローでき、視線をグラウンドと『Pekoe(ペコ)』の間で動かすことで、より試合を楽しむことができた。

 文字通り、障がいの有無を問わず「誰もが楽しめるラグビー観戦環境」だった。



 リコーに限らず、社内に高度な技術を抱えるモノづくり日本企業は数多くある。そんな日本企業が少しでも、障がいのある当事者向けに、また当事者とともに、当初とは違う領域であっても自社技術を応用して、障がいの有無を問わず「誰もが楽しめる○○環境」に関与してくれることを期待したい。リコーの『Pekoe(ペコ)』を見て、より思う。



▷ Pekoe(ペコ)




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