見出し画像

ピンチをアドリブで乗り越える技 79/100(役割)

自問自答を繰り返しながら、
アドリブと演技の関係を
追求していってみようと思い立ちました。
100回(?!)連載にて、お送りします。


昨日の続き、映画『レイルウェイ 運命の旅路』のワンシーンについてお話ししようかと思います。

逆算の創造をして、

主人公の方を鋭く見て、そのまま目線を外さない
という指示を、

何か不審な物音を聞いてそちらを見る、そのまま音の出どころを探る様に見つめる。
と、しました。

次の問題は、この最後のショット、
カメラを列車の内部に仕込んで、主人公の目線の画を撮る、というものでした。

私は画面の脇から歩いてきて、ど真ん中で止まり、外から車内のカメラに目線を向ける。列車の扉が私を挟み込む様に閉じられ、私の顔が最後まで残る。

というショットでした。

カメラ越しの画では、少し重心の位置がズレるだけで、画面上では大きな位置の違いを生みます。

その上、このショットでは、両端から閉じられる扉のど真ん中に顔が残らなくてはいけません。

よく撮影現場で「場ミリ」という単語は、ご存知の方も多いことと思いますが、このショットの場合、場ミリの位置に正確に立ったとしても、重心の置きようが少しでも違うと、閉じる扉のど真ん中に顔を持っていくことが出来ません。

それだけ技術的に難しいショットにも関わらず、主人公と私が初めて顔を合わせる重要な瞬間なので、アップの表情にも気を遣わなくてはいけないシーンです。

イギリス特有の、職人的な演技が必要とされる場面です。

アメリカで主流の演技術ですと、この時の役の心情を重要視しがちなので、場ミリに立って、重心までコントロールすることは二の次になりがちです。

役者によっては、監督と相談して、歩いて来て止まって見る、ではなくて、表情を重視するために、止まった状態から見る、だけにしてくれと言う人もいるでしょう。

結果的に私は、

場ミリは正確に踏んだ上で、物音を聞いたつもりで振り向く、

それから、物音の出どころを探る演技で、重心を修正して、ドンピシャな位置に顔を持っていく

と、しました。

それでも、数センチ単位の微調整がなかなか出来ずに、取り直しを何度かしなくてはいけませんでした。

表情の演技をしっかりとしつつ、頭の端では全身の重心の取り方に意識を集中させて、テストの時に覚えた良い位置を再現しようと努める。どちらが欠けても上手くいかない、極度の集中力を必要としました。

いやぁ、実際には大苦戦!

位置修正は想像を絶する細やかさを必要としていて、演技の方に意識を十分に持って行けていない自分に正直、苛立ちさえ感じていました。

何度か撮影を繰り返して、だいたい良い画が撮れたという時点で、監督が

「Ok。保険のために最後にもう一度だけで撮ろう」

そして、最後のテイクのカメラが回る直前、カメラマンが私にいったことが忘れられません。

「Tanroh、位置はそこまで気にしなくてもいい。俺が君を捉えるから。心配するな。」

これほど大きな規模の撮影で、カメラを動かして合わせるというのは、大変なことです。

重いカメラは、屈強な三脚に固定してあるので、微調整をする為には、固定するネジを緩めにしておいて、カメラアシスタント(タイ人)と一緒に、カメラの重さを支えながら調整をしなくてはいけません。チームワークです。

もしかしたら、位置を合わせるための、私の苛立ちや、不安が演技に出過ぎていたから、そう言ったのかもしれません。

でも、最終的に使われたのは、カメラ位置の修正のないテイクでした。

それぞれが、それぞれの役割を最大限に行う。
そこには裏打ちされた技術と、信頼、お互いへのリスペクトがある。

そんな事を感じた瞬間でした。

ピンチに直面した時、もしあなたが一人でないのならば、
全てをあなたが負う必要はありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?