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私の英国物語 Broadhurst Gardens NW6 (55) Screening of British films

Fabienne が Hampstead School of English でのコースを終えてスイスへ帰国して暫く経った頃、 ミセス・マーティンのフラットに2人の女性が到着した。
Canary Islands から来た Juana は街の観光課に勤めていて、Hampstead School of English での英語の研修でロンドンにやってきた。
イタリアの Naples から来た大学生の Maria は、夏休みを利用して Oxford Street の H & Mでアルバイトをするのだそう。 彼女は macchinetta まで持参していて、さすがイタリア人だ。
スペイン語アクセントの英語とイタリア語アクセントの英語、陽気でおしゃべり好きな彼女たちと一緒の食卓では笑い声が絶えない。
マリアは、食後に必ずマキネッタでエスプレッソをいれる。
コーヒーのいい香りがフラットを包み、そして更におしゃべりは続いていく。。

"macchinetta" は、1930年代にイタリアのエンジニア Alfonso Bialetti が洗濯用のボイラーに着想を得て発明した、八角形のアルミ製の直火型エスプレッソ・メーカーで、イタリアの家庭に一台はあるといわれる。
一番有名なのは、Alfonso の息子 Renato が描いた "l'omino con i baffi" (the mustachioed little man) のマスコット付きのもの。
英国の家庭で愛されるティーポット、 “Brown Betty teapot” みたいなものだ。

London Guildhall University での English Language Studies のコースは、London School of English でのコースと同じように国際色豊かなクラスだが、夏休みを利用してきている大学生が多く、年齢は幾分こちらの方が若いようだ。
ベルギー人、イタリア人2人、スペイン人2人、韓国3人、台湾人、そして、日本人3人、総勢12人のクラスで、講師は、眼鏡をかけた金髪の Mike Myers に似た感じの人。

サマー・スクールでは、午後にオプショナル・プログラムがあり、レクチャーやロンドン市内の名所や史跡巡り、国会議事堂、裁判所、証券取引所などへの訪問を選択することができる。 週末には、ロンドン郊外への小旅行もアレンジされている。 学科による制限はなく、希望者は誰でも参加できる。

オプショナル・プログラムの "Screening of British films" は、特に English Language Studies と English Cultural Studies の学生に推奨されていて、期間中、 Screening of British films に参加して2本の映画を鑑賞した。

The Crying Game (1992年)
アイルランド出身の Neil Jordan 脚本・監督による作品。
英国とアイルランドの間の “the Troubles of Northern Ireland” (北アイルランド紛争)を背景に、人種、ジェンダー、友情、恋愛という様々なテーマを織り込みながら、緊張する場面展開、ユーモアや寓話、そして、音楽が実に隠喩的な効果を与えている。
劇中で歌われる "The Crying Game" は、映画のエンド・クレジットでは
Boy George によって歌われている。

当時は、まだ北アイルランド紛争が続いている頃で、ロンドン市内のあちらこちらで小規模の爆弾騒ぎが起こっていた。
Finchley Road の日本食レストランが被害にあったときは、日本人のクラスメイトの間で話題になった。ストリートからはゴミ箱が撤去され、地下鉄では不審物が見つかれば、すぐに出入口は閉鎖された。

この作品は、当初、アイルランドと英国で上映されたが、当時の難しい社会情勢と微妙で繊細な内容のため興行は失敗した。
アメリカでは映画配給会社 Miramax が上映を決め、好奇心をそそるような秘密めいたプロモーションをしたところ、予想外のヒットとなる。  
"The Crying Game" は、批評家の称賛を得、第66回アカデミー賞の脚本賞を受賞した。 その後、アイルランドと英国で再上映され、そして、世界各国で上映されて成功を収めた。

作品中で語られる "The Scorpion and The Frog" の寓話。 もともとはサンスクリット語で書かれたインドの “Vidy'pati” に収められた話で、この寓話は、モラルや哲学などで議論するテーマとしてよく用いられるが、この映画では、“personality” と “character” の違いを語る上で用いられている。
 “personality” の語源は “persona”で、仮面を被った人格。
そして、“character” は、その人の本質・性質。
Jordan 監督は、「理論的な表面下には常に非論理的な何かが奥深く隠されていて、時に表面の姿よりずっと魅力的だったりする。」とコメントする。

The Scorpion and The Frog
A scorpion asks a frog to carry it across a river.
The frog hesitates, afraid of being stung,
but the scorpion argues that if it did so, they would both drown.
Considering this, the frog agrees, but midway across the river
the scorpion does indeed sting the frog, dooming them both.
When the frog asks the scorpion why, the scorpion replies that
it was in its nature to do so.

Educating Rita (1983年)
Willy Russell の同名の舞台劇を Lewis Gilbert が映画化した作品。 舞台でも主役の Rita を演じた Julie Walters が演じている。
舞台はロングランした秀作で、Michael Caine と共演したこの映画で、Julie Walters は映画デビューをする。
“Educating Rita” は、British Academy of Film and Television Arts (BAFTA) の最優秀賞を獲得し、また、Julie Walters はアカデミー賞にもノミネートされた。

港湾都市に住む working-class の Rita は、26歳のヘアードレッサー。夫からは早く子供を作ろうと迫られているのだが、彼女は展望のない人生に不満を持っており、自身に教養をつけようと the Open University へ入学する。
Rita の担当教授となった Frank Bryant は、酒に溺れるアルコール依存症で、学問に対する意欲も落ち、破綻した結婚生活に人生を半ば諦めているような感じだ。当初は、彼女の無教養さに担当を負担に思っていたものの、彼女の旺盛な知識欲と常識にとらわれない発想に、再び文学への情熱を取り戻していく。
やがて、Rita は学生たちとも対等に文学を語り合えるようになるが、一方で、夫との価値観のズレや、自分の所属するコミュニティの人々との折り合いにも苦悩するようになってくる。また、教育を受けた教養ある人々というのは、本当により良い幸福な人生を送れるものなのか、と考える。

この作品は、英国の根底にある階級社会の情勢を知るとともに、「学ぶということは何か」「本当の教養とは何か」を考えさせてくれる。
作品中には Charles R. Jackson の ”The Lost Weekend”、E. M. Forster の ”Howards End” “A Room with a View” (眺めのいい部屋)、Somerset Maugham の ”Of Human Bondage” (人間の絆) の他、詩や文学の言葉遊戯が効果的に場面の随所に出てくるのも興味深く、Rita や人々の話す、"Scouse accent" "Liverpool accent" も印象的だ。

その後、日本でもテレビや DVD で何度か “The Crying Game” と “Educating Rita” を観たが、既にストーリーを知っていても、含蓄のある作品は何度観ても飽きることはない。

 The Open University は、1969年、英国政府によって創設された大学で、主にテレビ放送、インターネットや DVD と通信教育で行なわれる。
入学試験はなく、義務教育を修了している人は誰でも入学でき、所定の成績を修めると学位の取得ができる。 また、MBA などの修士のコースもある。 
日本の「放送大学」は、この the Open University をモデルにしているといわれる。

ロンドンには、1969年に創設された the Open University よりもずっと前から、一般大衆向けに一流の教授陣が無料で講義を続けている教育機関がある。
Gresham College    Barnard's Inn Hall, Holborn, London (EC1)

Gresham College は、1597年、the Royal Exchange の創始者であり、“Bad money drives out good.” (悪貨は良貨を駆逐する)、“Gresham's law” で知られる Sir Thomas Gresham の遺言によって創立された。
学科は、Astronomy、Commerce、Divinity、Mathematics、Law、Music、Medicine、Rhetoric の8科目。聴講のみで、資格や学位は授与されない。
「無料で、来たい人が来る」という方針は現在も変わらず、教授は公募ながら、いつも一流の学者が応募してくるといわれ、毎回100人以上が聴講に訪れるそうだ。

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