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子どもが産まれるということ③ - 慣れ

前回の記事はこちら(1%の話)


子宮外妊娠の手術の影響により、2か月の間、妊活ができなかった。
医者に言われていた通り、年齢の問題もあるので早く行動をしたほうが良いのだが、こればかりはしばらく我慢するしかなかった。

そして2か月後、妊活が再度可能になり、二度目の人工授精を再度行ったが妊娠することはなかった。


ある夜のこと。

家で仕事している横で、お風呂上りの妻が鞄に衣類などを詰めていた。
「これから救急車を呼ぶ。入院になる気がするから準備していく」とのことだった。

あとから聞いたところによると、妻は昼頃からお尻からの出血が止まらず、コップ三杯分くらいの血が出ていたらしい。初めての事態に戸惑いながらも、痛みはないのでどうするべきか悩み、救急相談センターに電話してみたところ、すぐに救急車を呼ぶように言われたそうだ。

すぐに呼ぶように言われたが、入院を予感した妻は数日お風呂に入れないと察し、お風呂に入って準備をしてから呼ぶことにしたらしい。

慣れている。

僕も慣れてしまって、救急隊員が来て「じゃ、行ってきます」という妻を「行ってらっしゃい」と特に振り返ることなく見送った。

あとから聞いたところによると、妻は病院でも出血が止まらず、病室で血圧が170から70に一気に下がって倒れ、緊急で酸素マスクをつけられたり輸血をされたりしていたらしい。

一体なんの病気なのか。痛みはなく、ただ大量の血だけが出て止まらない。もしかしたら癌とかなのだろうか。

精密検査の結果、とんでもないことがわかった。


「虫垂出血」とのこと。

虫垂出血?

初めて聞く病名だ。というか僕は虫垂の場所すらわかっていなかった。
ネットで調べると腸の近くであるということがわかった。

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そして虫垂出血は、日本で過去に報告されているのが19件、世界でも40件くらいしかない非常に珍しい病気であったのだ。
子宮外妊娠に続き、今回は虫垂出血。妻は持ってるなと思った。


医師によると、命にすぐ関わるものでもなく、今すぐ手術する必要はないということだった。
しかし、今後、再発をする可能性があるということだった。
手術をしない選択肢もあったが、もし妊娠している時に再発した場合、胎児に危険が及ぶかもしれないので手術することに決めた。

今度は緊急ではなく、事前に日時を予約しての手術になるそうだ。
一か月先まで予約が取れなかったが予約した。もちろん妊活はまた遠のく。


手術のための入院する日。もはや妻は入院準備や保険の申請などもスムーズに行えるようになっていた。
妻の両親も病院の中の売店の場所など熟知していた。

以下は、僕が手術直前に記念に撮った写真である。
妻、妻の両親が写っている。


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何度も入院をして手術を繰り返して来た家族だ。
面構えが違う。


落ち着きがある。


手術なのに、むしろ、なぜだか自信さえ感じる。


椎名林檎のアルバムのジャケットにあっても違和感ない写真だ。

そして無事に手術が終わった。


手術室の小部屋で医師から切除した妻の腸の一部を見せられた。
僕も前回より冷静であった。肉片を見慣れている。

手術は無事終わったが、妻は前ほど妊活に積極的ではなくなってきた。
入院と手術に疲れたようだ。

そもそも一年に二度も手術をした妻が、妊娠することはできるのだろうか。妻はたくさんの妊活の本を買い漁っていたが、この頃から特別養子縁組に関する本も本棚に並ぶようになっていた。養子も視野に入れ始めた。


そうして2019年の師走がやってきた。

ある日、妻が「お正月におばあちゃんのお墓参りに行きたい。それから出雲大社に御礼参りに行きたい」と言ってきた。

妻は母方の祖母のお墓が遠方にあるため、10年以上お墓参りに行けていないそうだ。僕の実家と妻の祖母のお墓がある場所は、車で2時間くらいの距離だ。年始に僕の両親がお墓参りと出雲大社に車で連れていってくれることになった。

妻がお墓参りと出雲大社に行きたいのには理由があって、ずっと行けていなかったお墓参りと、結婚できたのは出雲大社のおかげだけれど御礼を伝えられていないので、両方に行ったら子どもができるかもしれないというのだ。


妻がスピリチュアル系の発言をするのにも慣れている。
はいはい、と思っていた。
妻はまた妊活に気合いを入れだし、1月の中旬に3度目の人工授精の予約をしていた。

そして正月に、妻の言う通りお墓参りと出雲大社に行ったのだった。

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そして忘れもしないあの日。
正月が終わり、実家から家に帰ってきた日。

途中のドラッグストアで妻は妊娠検査薬を買っていた。
妻は毎月妊娠検査薬を買っている。
そして妊娠していなかったと落胆し、トイレから出てくるのは見慣れた光景であった。

僕が仕事をしていると、トイレから出てきた妻が僕の肩をポンポンと叩いた。
普段の生活では、そんなことはしない妻であったが、振り返ると妊娠検査薬を片手に持っていた。

そして、妻は嬉しそうにこう言った。

妻「妊娠してた」

僕も思わず喜んだが、本当は信じれずにいた。
もしかしたら妊娠検査薬の間違いかもしれない。
また、子宮外妊娠の可能性もある。
少し興奮する妻をなだめた。

期待しすぎると、本当は違った時に深く傷つく。
だから、期待しすぎないようにしよう。



いつからだろうか。
自分が傷つくのが嫌で、素直に物事に対して喜べなくなってしまった。


つづく



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