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筋が見えているんだったら、もうやるしかない。写真家・仁科勝介さんが徹底して一歩を踏み出す理由

「やりたいことがあるけど、一歩を踏み出すのが怖い」

新しい一歩には不安やリスクが付き物。失敗することを避けて自分にブレーキをかけたり、そのくせ一歩を踏み出せない自分が嫌になったり。私自身「自分にできるだろうか」と弱腰になることも少なくない。

もう少し軽やかに一歩を踏み出したい。そして、好奇心に素直な自分でありたい。

そんなときに、私は写真家の仁科勝介さんをたずねてみたいと思った。

かつおという愛称で親しまれている仁科さんは、過去に1741もある全国の市町村を全て巡った。その後、地元岡山から上京し、東京23区490駅を歩いて一周。撮影した東京の日常を納めた写真集を自費で出版。今年2023年4月からは、2266ある合併前の旧市町村を回る旅を始めるという。

新しい一歩を踏み出し続ける仁科さんに、どうして次々にやりたいことに挑戦できるのか、お悩み相談を兼ねてお話を聞いた。

好きなことで生きていくということ

——私自身ようやく好きなことを見つけて、それで生きていけたらいいなと思って、少しずつできることに取り組んではいるんですが、先がどうなるかわからない怖さも感じています。仁科さんは自分のやりたいことを次々と行っていて、すごいなって。

仁科さん:好きなことをして生きていくことが、簡単だけど難しいっていうのは、どの分野においても感じるものかもしれないですね。

NSCのお笑いスクールでめちゃくちゃ厳しい有名な先生がいるんですけど、毎回講評のとき「好きなことしいや」って若手芸人に言うらしいんですよね。「好きなことしいや」って言っているんだけど、「責任も伴うし、本当はそれが一番難しいんや」って言ってて。

——難しいですね。不安になったりもします。

仁科さん:でも、やりたいことがあるっていうのはいいなと思います。

やりたいことは、やらざるをえない

——仁科さんは、どうして果敢にやりたいことにトライできるんですか?

仁科さん:周りから見たら、僕はやりたいことをやっているように見えるかもしれない。確かにそうなんですが、裏を返せば、そうするしかないんですよね。

——そうするしかない?

仁科さん:はい。仕事をいただきながら生きていく方法もあるんですが、僕は旅の経験があったからこそ、今の自分がいると思っています。旅の中でやりたいことがあるんだったら、まずそこを徹底的にやっていかないと武器にもなっていかないですし、自分の存在に対する説得力も足りないんです。

だから、やりたいことであり、やらざるをえないことだなって。

自分の中の答えがシンプルなら「えいやっ」って

——やりたいことは、やらざるをえないことでもある……。それでもブレーキかけたり、悩んだりしませんか?

仁科さん:そうですよね。気をつけないと悩んでいる自分に酔っちゃうから。「本当は自分の中に答えがあるんちゃう?」って思います。

人間なので波があるのはしかたないですが、悩んでいる時間をいかに短くできるかは考え方や意識次第。それでゆくゆくのことが変わってくるんじゃないかな。悩んで、5年、10年が経つことは当たり前にあって、その時間は返ってこないわけだから。

——怖いですね......。

仁科さん:もちろん一概には言えないですよ。家庭環境やそれぞれの都合もありますから。でもそういうことをある程度差し引いた上で、答えがシンプルなんだったら、できれば「えいやっ」ってやりたいですよね。

——そうなんですよね。

仁科さん:前に東京で写真の展示を行ったとき、数百万円かかりましたが写真集も1000部自費で作ったんです。

僕には大きい出費だし、うまくいく保証もないのでリスクなんですよ。怖がりながらも、「やんなきゃだめっしょ」って割り切ってやってみたら、たくさんの発見がありました。

初めて印刷所で写真集が印刷される過程に立ち会えたり、写真業界の方から展示のアドバイスをいただいたり。やってみないと、つくってみないと、そういった出会いもなく、今回学んだこともわからないままでした。

だから今では、自分のやりたいことに対するお金を払っていたいなって、ものすごい思います。

——なるほど。それはやりたいことでもあって.......

僕にとって「現場でつくって、発表していく」それはやりたいことであり、やらないといけないことだから。表現を続けていくこともそうです。怖かったことをいざやってみたら、どうなるかわかった。じゃあ、次もやってみるしかないですよね。

—— 怖くても、繰り返しやってみるほかないんですね。

仁科さん:なにを大事にしなきゃいけないのか。一通り考えさせられました。仕事やお話を聞くことを通して東京で出会ったかっこいい人たちは、淡々とリスクをとって選択しているんですよね。

そういう人たちの考え方を取り込んでいくなかで、もう屁理屈を言ったらダメだなって。

行き詰まった『神田の写真。』

——周りの人の影響もあるんですね。仁科さんの徹底ぶりはすごいです。東京を歩いて回って、展示を開いて、写真集を作って。そんななかで、2年にかけて連載の『神田の写真。』を週2回も書いて。

仁科さん:もう、ギリギリでした......。『神田の写真。』は毎週月曜日と木曜日に記事をあげるんですが、日付がまわるくらいに提出しているときもあって、メールの件名が「また遅くなってすみません」って、めっちゃ迷惑をかけていました。

それでも書かせてもらっているという責任は感じていました。旧市町村の旅をはじめるので、『神田の写真。』は終わる形になってしまいましたが、なんとか、なんとか……ね、最後まで1回も落とさずにやってこれて。月1でも連載をしている人は、どの分野でもめちゃくちゃすごいと思います。

——すごいなあ。『神田の写真。』はどう書いていたんですか?

仁科さん:最初は、どう書けばいいかわからなかったです。たった数百文字の原稿を1本書くのに1日かかっていました。

2022年版ほぼ日手帳ガイドブックの撮影で、エッセイストさんやイラストレーターさん、いろんな人の手書きの良さを聞く機会があって。そこから影響を受けて、自分でも手書きするようになったんです。

——手書きのどんなところがいいんでしょうか?

仁科さん:なんかね、書けるんですよ。前は「手書きなんて、ないない」と思っていたんですけど、パソコンだと書いては消して、書いては消しての繰り返しで、何を書いているのかわからなくなることがあって。

書くことで行き詰まったとき、手書きを試してみたら、パソコンで書くより、早く書けたんです。そこから色々試すようになって、これとか。

『神田の写真。』の下書き

——わあ......。

仁科さん:小説家さんと作家さんだったら、原稿用紙に書くことが多いと思うんですけど、僕はほぼ日さんのノート(ほぼ日ノオト)に書くことがパターンとして決まってきてて。

ノートに書いてパソコンに落としたあと、さらに原稿をコンビニで印刷して、紙でも確認していました。パソコンやスマホの画面で確認したときに「いい」と思っていても、紙で確認すると絶対に赤が入るんですよ。

だから必ず印刷して、赤も入れて、「う〜んおっけい!」というところまで推敲して出すようにしていました。基本的に他の原稿も手書きするようになって、この習慣がついたことはすごいよかったと思いますね。

わかりやすい正解を求めるより、自分に合っていることを

——手書きして納得いくまで推敲も......。お話を聞いているうちに、手書きを試してみたくなりました!ちなみに旧市町村の旅は、どれくらいかかる予定なんですか?

仁科さん:まだ未定で、2、3年くらいはかかるかなと。

——2、3年!仁科さんのふるさとをめぐりたいという想いは、どこからきたんですか?

仁科さん:なんでしょうね。おもしろいなあってところかなあ。

今ある市町村にそれぞれ1年ずつ住んでも1741年はかかるわけで、自分の人生だったら関わりきれない土地と誰かの生き方があるんです。キリはないんですが、自分の足で巡ることで日本というものを直接確かめてみたいんですよね。

旧市町村を巡る理由も同じです。旧市町村をふるさとだと感じる人もいるなかで、自分がその土地を巡ってみたら「何を感じるんだろう?」って。それは会社や組織がやるというより、僕みたいな、個人がやればいいんじゃないかなって。本当は誰でもできることなんです。

——誰でもですか?

仁科さん:誰でもできる。ただ回るだけですから。それもただ数が多いだけですから。なにもすごくないんですよ。

やる人とやらない人がいるとしたら、好きかそうじゃないか、やってみたいと思うか思わないか、そこで別れてくるんじゃないでしょうか。

僕は旅が好きで、やってみたいと思ったから続けてこられました。性に合っていたんだと思います。

——性に合っていたというのは?

自分の「やりたい」と思っていることと、周りの人が「おもしろい」と言ってくれることを試して突き詰めていくなかで、一つでも自分に合うものが見つかればいいなって。

東京23区を巡ったとき、1200kmほど歩きましたが、これ以上歩くのは無理だと思いました。日本を歩いて一周する人もいますが、僕は体質的に合わなかった。たぶん体が動かなくなっちゃいますね。

東京を歩いて回ったからこそ、歩くことが合わないとわかった。市町村を巡ったときはスーパーカブだったからできたんです。

——色々試してきて、改めて自分に合う方法がわかったんですね。

仁科さん:しぶとく試していくしかないです。でも人は変わりますから、わかりやすい正解を求めるよりかは、無理せず自分の心とあっていることをやれたらいいですよね。

——何かにしがみつくわけでもないんですね。

仁科さん:しがみつくんじゃなくて、流れ着く感じ。

——個人的にようやく好きなことを見つけられて、好きなことにしがみつきたくなる気持ちもあるんですが、どうすればいいですか(笑)。

仁科さん:それも流れて来たってことじゃないですか。流れ着いて、今しがみつくタイミングだから。全然いいと思います。

——そっか。それも要は流れて来たってことなのか。

仁科さん:あとはできる範囲でトライの数じゃないかと。

——意外とシンプルなんですね。どうしてシンプルに考えられるんですか?

仁科さん:理論的なのが苦手なんです。理論的に考えられないので、自分なりに筋が見えているんだったら、「もうやるでしょ」、「うっす」みたいな。理論や理屈はあるだろうけど、もっと根っこの問題はシンプルだと思うんです。


* * * 

リスクを取りながらも、精力的にやりたいことに取り組んでいく仁科さんの姿に勇気をもらっている人も多いはず。私もその中の1人である。実際にお話を聞いてみて、次々と選択しているように見えた仁科さんにも不安がないわけではなかった。それでも「やるしかない」と言って、自分が身をもって体験したことを伝えていく仁科さんは、旅と表現を愛する人そのもの。「やりたいことは、やらざるをえない」この言葉に、私は頭をガツンと殴られた。一歩を踏み出してみた先は、何が起きるかわからない。それでもその先に何が見えるのか、怖くても確かめる価値はあるのかもしれない。

仁科さん、ありがとうございました。


仁科 勝介(にしな かつすけ)
写真家。1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。
広島大学経済学部卒。

2018年3月に市町村一周の旅を始め、2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。2020年8月、市町村の旅を記録した本『ふるさと手帖』を出版。

地元岡山県の写真館に勤めた後に独立。

2021年10月から東京23区を全て回る旅を始め、2022年8月に達成。2022年11月には、東京の日常を納めた写真集『どこで暮らしても』を自費で出版。

HP:https://katsusukenishina.com
Twitter / Instagram:@katsuo247
仁科 勝介さんの連載
神田の写真。:https://www.1101.com/n/s/kanda_katsuo
もうすぐ旅に出る前に:https://note.com/futami_books/m/mce055027f526

(文:タオ)

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