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誤算 byらいざ

 
 『こんなはずじゃなかった』


何度この言葉を呟いただろう。


僕の名前はタカシ。

今年3月に大学を卒業して、
4月に小学校の教壇に立った新任の教師だ。


今は5年生の担任をしている。

僕が教師を目指したのには大きな理由がある。
それは学校が、そして教師が嫌いだったからである。


何から何まで教師に決められて、
管理され、少しでも人と違ったことをしたり、

教師の意図から外れることをしたりすると怒鳴られる。


例えば、まだ授業では習っていない算数の公式を使って計算しただけで怒られた。


給食の時間なんて、
ひと口だって食べたくない苦手なものを
昼休みの時間まで食べさせられたこともある。


冬なんて震えるような寒い日に、
半袖半ズボンの体育着を着させられて、

『今日は持久走だ。寒くても走れば暖かくなるんだ!』

と、ぬくぬくとした格好をした教師に怒鳴られながら
ひたすら校庭を走らされたこともあった。

給食後にストローのゴミが落ちていただけで
宿題がなぜか2倍になったこともある。


教師のお気に入りの子はズルをしても叱られないのに、

素直じゃない僕は何かが起こるといつも疑われて叱られた。


こんなのを数え出したらキリがないが、
まさに公教育という名の治外法権だった。


僕はもうとにかく窮屈で仕方なかった。

あの時のような身勝手で自己中心的な教師には絶対にならない。

子どもたちの想いに寄り添える、
そして子どもたちを自律させられる教師になる。

そして学校を自由で楽しい場所にするんだ!

そんなアツい気持ちを抱きながら教師になったはずだった。

教壇にたって1ヶ月くらいの間までは。
 



ひとつ言えるのは今の自分にとってはそんなのは夢物語だったということ。

大きな『誤算』だった。


 結局、僕を怒鳴りつけていたあの教師たち自体にも問題はあったものの、

現在の学校というシステムの中で集団生活には課さなければならない必要なルールも
管理もそれらの指導には含まれていたのである。


新任の僕はそこを分からずに、
とにかく子どもたちに寄り添ったし、
とにかく自由を与えた。


あの時の教師みたいには絶対にならない!
子どもたちの想いを尊重するんだ!

と意気込みながら。

今の教室では、僕の指示は何も通らない。
いや、それどころか耳を傾ける子すらいない。



それぞれの子どもたちは自由や自律という意味を履き違えて
自分勝手に過ごしている。

自由を使いこなすためのステップを踏んでいない子どもたちは
自分の都合しか考えない。


その結果はトラブルは増加、
悪質なイタズラも起きるし、仲間はずれやいじめだって起きている。

 流石に見かねて少し強く叱ると

『せんせーはオレたちの気持ちを考えてくれるんでしょ?』

 『そうそう』

 『だったら楽しけりゃいいじゃん!』

 『せんせいさ、最初と言ってること変わってんだけど』

 まさに子どもたちに舐められている状態である。
職員室での肩身も狭い。

いろんな先生が教室にサポートに入ってくれないと
僕の教室はもう手をつけられない状態だからだ。




 最初は、未だに残り続ける学校の管理的なやり方に、
新任ながら生意気にも反発をしていたものの、

もう口を開いて出てくる言葉は、
『申し訳ないです』 だけ。

 『あんだけ威勢のいいこと言ってたのに、
結局はこれなんだよね。何もできないくせに』


こんな陰口を叩かれてるのも知っている。

こんな生活が3か月も続いた。

もう朝もだんだん起きれなくなってきたし、食べ物も喉を通らなくなってきた。


身体はまだ元気なはずなのに何故だか寒気や震えが止まらない。

何もしていないのに涙も出てくる。

そんな中だが、今日は1学期最後の授業参観と懇談会。

何とか無理矢理に身体を起こして朝の支度をする。
どんな顔をして教壇に立てばいいんだろう。

とにかく怖くて仕方がない。

その場面をイメージするだけで嗚咽が止まらない。


ここまで来ると保護者から来る長文の連絡帳も、もはやデフォルトだったし、

電話で厳しく罵られることも増えて電話が鳴るだけでパニックになることもあった。


足取りは重いものの何とか駅まで着いた。


しかし電車に乗る一歩がどうしても出ない。


多くの人に不審な目をされながら乗るはずの電車をいくつも見送った。


ふと通過していく電車に飛び込むイメージが湧いてしまった。


もしかしたら、もうそれがラクなのかもしれない。

もわっとした空気が全身を包んだ。

今日はこれから蒸し暑くなりそうだ。

ふと水平線の景色が頭の中に浮かんだ。
  


気がついたら何冊もの教科書の入ったリュックを
ホームのゴミ箱に投げ入れて反対側の電車に乗り込んだ僕がいた。

海に行けば、、、


あっけなく夢は崩れ去ったが僕の人生はまだ終わりじゃない。
 

僕は車窓から見える景色をいつまでも眺めていた。

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