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Drinking beer makes you giddy, or dizzy.

 アメリカ人は肩が凝らないという本当か嘘かわからない話を聞いたことがある。英語に「肩凝り」を一言で表す表現がないからだとかそんな理由だった。和英辞典をみてみると「肩凝りがひどい」は”I have terribly stiff shoulders”というそうだ(『新英和大辞典』)。「固くなった肩」と説明的に言っているとも言えるが、「肩凝り」と大差ない気もする。しかし、今回はこの話ではない。似たような例に出くわして思い出しただけだ。
 もう9月の末だがまだ日中には30度を超える。そんななか、大学のフットボールの試合を見に行こうとgame day(試合の日)にアパート会社が特別に運行しているシャトルバスに乗った。降ろされたのはスタジアムから1キロほど離れたところだった。運転手に”Enjoy your game day!”(ゲームデーを楽しんで!)と威勢良く送り出されたが、道のりの長さを思ってすでに気が滅入り始めていた。汗だくになりながら入場ゲートにたどり着いたが、学生用立ち見席はまだまだ先である
 やっとスタンドに辿り着いた頃には背中はびしょ濡れ、喉はからからになっていた。乾いた喉を潤そうとビールの列に並んだ。もう31歳なのに未だに”Your ID?”(身分証をせてください)と言われるのにはもう慣れた。気持ちよく酔っ払ってきたと思っていたら、突然視界が白み始めた。しばらく休むとだいぶ落ち着いてきた。もう大丈夫と思って立ち上がったら、今度は立ちくらみで目の前が真っ暗になった。

アラバマ大学が好プレーを見せて盛り上がるスタジアム。方々から歓声が上がる

 コンコースの日陰で休みながら、「立ちくらみ」は英語でなんでいうのだろうと考えた。携帯に入れている辞書アプリで調べてみると、驚くべきことに、「立ちくらみ」に直接対応する一つの概念は英語にはないことがわかった。例えば研究社の『新英和大辞典』は次のように説明している。

dizziness [giddiness, vertigo] on standing up; [起立性失神] orthostatic syncope.
〜する feel [become, get] dizzy [giddy] on standing up
When I stood up suddenly, I was seized by dizziness.(急に立ち上がったら立ちくらみに襲われた)

『新英和大辞典』

他の辞書も大差はない。英語では「立ちくらみ」のように一言でズバッと言うことはできず、「立った時にめまいがした」と言う。アメリカ人は立ちくらみをしないのだ。
 ここで「めまい」の意味で使われる形容詞も面白い。dizzyもgiddyも「めまい」と言う意味で使われるようだが、二つの単語の元々の意味は異なる。ランダムハウス英和辞典の語源欄によると、dizzyは古英語のdysig「愚かな」、giddyは古英語のgidig「狂気の」に遡る。gidigはgydig 「神にとりつかれた」の異形だそうだ。
 語源の違いはそれぞれの単語が現代英語で担う意味の違いにも反映している。SKELL(Sketch English for Learning Language)というオンラインコーパスに各単語の類似語を表示する機能がある。それぞれの単語について最大40の類似語がword coludという図として表示される。各単語が表示される位置と大きさによって元の単語との類似度と使用頻度が表される。中心に近いほど類似度が大きく、字が大きいほど頻度が高い。
 dizzyとgiddyの類似語を比べてみると、二つの単語が担う意味の範囲には重なる部分と異なる部分があることがわかる。dizzyの類似語を表示すると、真ん中に一番大きく表示されるのはnauseous(吐き気がする)だ。そのすぐ上にはgiddyもある。dizzyとgiddyの互換性の高さがわかる。他にはdrowsy(うとうとしている)、light-headed/lightheaded(頭がくらくらする)、lethargic(眠い)などが中心に近く、大きく表示されている。dizzyはめまいがした状態を眠気や意識の遠のいた状態など、好ましくない生理状態と近い意味で捉える単語と言える。 dizzyの先祖、古英語のdysigが「愚かな」とネガティブな意味だったことと関係があるだろう。
 giddyも見てみよう。真ん中に一番大きく表示されているのはdizzyだ。その周りにはnauseous、breathless(息を切らした)、feverish(熱っぽい)、panicky(パニック状態の)などに並んでeuphoric(幸福に満ちた)やdelighted(喜んで)がある。dizzyとは少し様子が違う。生理状態に特化した単語というより、何か普通とは違う極端な状態にある様を言うようだ。「神にとりつかれた」という語源とも親和的だ。
 dizzyは「吐き気」や「眠気」など基本的にネガティブな生理状態と近い意味で使われる。対してgiddyは「パニック状態」のようなネガティブな意味でも、「幸福に満ちた」のようなポジティブな意味でも、通常状態と異なっていれば好悪どちらの意味でも使えることがわかる。二つの単語には微妙なニュアンスの違いがありそうだ。
  30分ほど休憩してなんとか立って歩けるようになった。大変だったが良い教訓を得た休日になった。Drinking beer makes you giddy, or dizzy.(ビールを飲むと幸せに、あるいは気持ち悪くなります。)


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