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脳と体内環境をつなぐ"グリア"とは① 【グリアデコーディング】

2020年、東京大学の岡部繁男先生を中心にある研究チームが立ち上がりました。

これまでの研究では、脳の情報処理を主に行うのは神経であり、それらによる処理の調節や維持、つまり副次的な役割はグリアが担っていると考えられてきました。

しかし研究が進んだ近年において、グリアが脳と身体の相互作用の中核として多種類のグリアが機能し、さらにその時間的な応答は神経活動よりはるかに多様であることが分かってきました。
例えば、末梢神経障害に反応した大脳皮質のアストログリアは、体性感覚野のリモデリングを引き起こして慢性疼痛を誘起したり、扁桃体のオリゴデンドログリアは、ストレス応答でT細胞から産生される物質により活性化され、うつ様行動を引き起こします。

つまり、グリアも脳の情報処理機構の主人公であったわけです。
とはいえこの考え方はまだまだ発展途上であり、研究すべき点はたくさんあります。そのためにはグリアの機能を脳内で検出する、読み出すこと(グリアデコーディング)が必要であり、脳と身体の間で生体情報が統合されるメカニズムを解明しなければなりません。

このグリアデコーティングプロジェクトでは、分野横断的に様々な体内環境の「プロフェッショナル」を集めてグリアとの関わりを明らかにすることで、学問領域の変革を実現しようとしているのです。

参照:岡部繁男, ファルマシア(2022)58巻9号


ミクログリアと浸潤マクロファージ

生理学的状態において、脳実質内で生じた不要物はミクログリアやアストロサイトによって貪食され、中枢神経系の恒常性が維持されている。一方、過剰な炎症応答などを伴う疾患では、関門の破綻に伴いモノサイト(単球)が脳実質に浸潤する。浸潤したモノサイトはやがてマクロファージに分化(モノサイト由来マクロファージ)し、貪食能を発揮する。

これまでの研究では、ミクログリアとモノサイト由来マクロファージの貪食能の違いについてはあまり研究されては来なかったが、近年では細胞系譜の解明や遺伝子解析技術の発展により、それらの区別や、個別に操作できるようなツールが開発されたことにより両者の貪食能の比較が可能となった。つまり、これにより細胞腫特異的な貪食能が明らかになれば、貪食作用が関与する様々な疾患の治療標的になる可能性があることを意味する。

東京大学の小山隆太先生は、脊髄のミエリン貪食における両者の差異について研究している。
まずin vitro系において、ラット脳から単離したミクログリアまたは腹膜灌流により採取したマクロファージにミエリンを与えると、総貪食量はミクログリアの方が多かった。これはヒト由来の細胞を用いても同様の結果が得られた。しかし、これらの結果は単利培養系によって得られたものであり、遺伝子発現パターンは生体内のそれとは違う。これまでにおいても生体ミクログリアを再現しようとする研究は行われてきたが、実現できていないのが現状である。

続いてin vivo系についてだが、先述の通りミクログリアとモノサイト由来マクロファージを正確に区別することが重要となってくる。一般的には、細胞移植により両者を区別する。例えば、脊髄損傷により脱髄を起こしたマウスに対してβ-actin-EGFPマウスの骨髄由来マクロファージを移植することで、脊髄に浸潤したマクロファージが特異的に緑色蛍光を発するようになる。そのようなマウスを用いた実験では、マクロファージの方がミクログリアよりもミエリン貪食能が高いことが示唆された。

また、近年では遺伝子改変マウスを用いることで移植を行わずとも両者を区別することが可能となっている。それによりミクログリアを緑色、マクロファージを赤色蛍光で標識したマウスを作製した。これにより貪食細胞とミエリン片との距離を解析することが可能になるが、貪食能はミエリンの方が高く、さらにミクログリアが接している軸索のほぼすべてにマクロファージが接していることを見出した。

他にも遺伝子発現解析によると、ミクログリアの代謝機能が低下している一方で、モノサイト由来マクロファージでは貪食能の亢進確認されたことから、細胞内代謝がミエリンの取り込み効率に関係している可能性がある。

これらを簡単にまとめると、in vitroでの結果と、in vivoの結果は相反している。この差異はもちろん手法の乖離に起因していると考えられ注意深く考察していく必要がある。また、これらの差異は周囲の炎症性メディエーターの存在によっても生じる可能性がある。

多発性硬化症では、IFN-γ、TNF-α、IL-4の発現増加やIL-10の発現低下が確認されている。これらのうち、TNF-αはミクログリアのミエリン貪食能を促進する一方で、マクロファージの貪食能には影響しない。また、IFN-γはマクロファージによるミエリン貪食を抑制する一方、ミクログリアによるミエリン貪食を促進する。IL-4および10はミクログリア・マクロファージともにミエリン貪食を促進する。非常に興味深い知見であるが、サイトカインによるミクログリアとマクロファージの貪食能の制御については相反する結果も報告されているため、解釈には十分注意する必要もある。

さらには、ミクログリアとマクロファージが相互にミエリン貪食能に影響を与えることも示唆されている。興味深いことに、ミクログリアはマクロファージの貪食能を促進する一方、マクロファージはミクログリアの貪食能を低下させる。

脱髄性疾患におけるミエリン貪食能におけるミクログリアとモノサイト由来マクロファージの機能的な際について紹介してきたが、一概的に両者を比較することの難しさが分かっただろう。しかし、それらが解明されれば異物処理機構の破綻が原因とされている中枢神経系疾患の治療法開発の礎になることが期待される。そもそも、実質には常在マクロファージ(ミクログリア)が大量に存在しているにも拘らず、なぜ疾患時には新たにモノサイトが浸潤する必要があるのかという生物学的意義も疑問である。もしかすれば浸潤モノサイトは本来実質とは隔絶された領域に存在し、実質内で生じた損傷や炎症によるサイトカインストームに曝されていないという点が重要なのかもしれない。

参照:安藤めぐみ, 小山隆太, ファルマシア(2022)58巻9号

小山隆太 先生
東京大学 大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 准教授

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