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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑪』


「夜の匂いが早くなった、初夏がやってくるね」

彼女は言い回しが妙だ。
お婆ちゃんが日本を代表する俳人なのかもしれない。会話に必ず季語を入れてくる。
どこか情緒をプンプンに漂わせて。

朝会った時は、「おはよう、春眠が気持ちよかったねー」
授業を終え外に出ると、「風強いー!薫風だー!」
雨が降り続く午後は、「これは、送り梅雨かな?返り梅雨かな?」

僕は訳もわからず相槌を打って、別れた後にGoogle先生に意味を問うていた。
どうやら、時候の挨拶を絶妙に会話に取り入れているようだ。
なぜ、僕に季節の訪れをいちいち報告してくるのか。季節感がない顔をしているからだろうか。

初夏の訪れを風流に乗せて教えてくれた彼女に、僕はカウンターを用意していた。
ここで、とっておきの季語を披露すれば評価は昇るだろう、春空を泳ぐ鯉のぼりのように。

「そうだよね、団扇の風が、ひらひらり」

俳句を意識しすぎて、五・七・五のリズムで言ってしまったため、意味がわからなくなってしまった。ひらひらりって、なんなんだろう。

怪訝な顔で見つめる彼女だったが、すぐに笑みを取り戻した。
会心の一句を気に入ってくれたのだろうか。
僕に優しく語りかける。

「そうだねー、私はハンディ扇風機で夏は凌ぐけど!」
情緒のカケラもない単語も、彼女が言うと季語になるのかもしれない。
僕は情緒ある夏こそが夏の醍醐味と思っていた。
しかし、彼女の一言は僕の夏観を変えた。
そう、団扇なんて、情緒の押し売りで、非効率なのだから。

風鈴の音も、蝉の鳴き声も、下校が早い小学生の騒ぎ声も、全て耳を塞いで。
彼女の扇風機の羽音で、ドキドキしてしまう夏を、心待ちにする。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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