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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑮』


「おっきくなったね」

彼女は同じマンションに住む二個上の先輩。
小さい頃はよく遊んでもらったらしいのだが、どうも記憶が曖昧だ。
彼女が都内の私立中学に進んでから、遊ぶこともなくなった。
たまにエレベーターや部屋の前ですれ違うと挨拶をする程度だった。

そんな彼女が、部屋の鍵を開けようとした僕に急に話し掛けてきた。
マンションの六階の廊下。慌てて振り返る。
シンプルに驚いたし、なぜこのタイミングなのか全くわからなかった。
かしこまって会話をするのは本当に久しぶりで、なんだかドキドキしてしまう。

彼女は就職をしたのだろうか。
スーツを着ているところは見たことないが、オフィスカジュアルとやらに包まれているのだろう。
こんな女性のいる会社ならどんなにブラックでも我慢できそうだ。

「大学生?になったのかな?」と訊かれ、「は、はいっ…」と答える。
「制服が変わるたびに、勝手に成長を楽しんでたよ」
ほころんだ表情は外を向いて、横顔が映る。
表情の先には白や茶色の建物が規律正しく並んでおり、ありきたりな風景を形作っている。

その横顔を見ながら、マンションでの日々を思い起こす。
僕も、全く同じだった。
エレベーターに乗る瞬間、部屋に入る瞬間、廊下の手すりから外を眺めてる瞬間。
体を包むものに合わせて成長していく横顔を、ずっと見ていた。

声を掛けようと思ったこともあったが、きっかけがなく勇気が出なかった。
いつかこうなる日を、どこかで心待ちにしていた自分がいる。

このマンションから見える景色は、子供の頃から何も変わっていない。
都市開発が進み、工事をしている景色も随分と長く続いていて、もう見飽きた。
一体いつになったら完成するのだろう、と。

そんなどこにでもある殺風景を眺めながら、彼女は懐かしむ。
「成長してないのは、ここから見える景色だけだね」
彼女もずっと同じことを考えていたんだ。
なびく髪、目、指、その横顔。
とても直視はできず、遠くの街まで視線を伸ばす。
その先にある街の名前も、彼女の胸の内も、何も知らない。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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