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『こいつ、おれのこと好きなんかな㉑』


「真夏の果実って、私のことだよ?」

満点の星の下、4人乗りのレンタカーがアクセルをふかす。
ひょんなことから大学の友達に誘われて、誰もいない夜の海へ走り出していた。
2:2という男女比の黄金比率に加え、夜の浜辺へのドライブと、大学生ぽい夏を恥ずかしくも満喫してしまった。

靴を脱いで浜辺を歩いたり、足だけ海に入ってはしゃいだり、嫌われない程度に女の子に水をかけたり。
振り返るだけでも顔が赤くなりそうになるくらい恥ずかしい。
こんな大学生ぽいことを、僕みたいな大学生がして良いのだろうか。
家に帰ったら、知らない怖い人から恫喝されてしまうのではないか。
そんな不安を他所に、黄金比の1の女の子が話し掛けてくる。

後ろにいた2人ははしゃぎ疲れて寝てしまい、助手席の彼女とハンドルを握る僕だけの世界になる。
BGMではサザンやオレンジレンジが流れ、恥ずかしい大学生らしさを強調している。
どこまでも続くような果てしない道を、等間隔に置かれた街灯が照らす。
ナビの機械的な音と、夏の幻想的な音と、車を加速させる風の音。

それと、彼女のため息。

「真夏の果実かぁ、それって美味しいんかな」
大学生とは思えない幼稚な発言を無視して、彼女は5個くらい先の街灯を見つめる。
「ダメだ、この曲、今聴くとめっちゃ泣ける」
言葉とは裏腹に、強がったようにくしゃっと笑う。
「真夏の果実って、一夏限定なのか」
僕がボソッと喋ってるのを、聞いているのかはわからない。

「あんなに好きだったんだけどなぁ」
あれ、これ泣いてる?え?え?
車の運転に集中しつつも、隣の表情が気になり、不安定な加減速を続ける。
え、ど、ど、ど、どうしよう。。
彼女は俯いて、背中を時折うごかす。
「でも…今日は、楽しかった!ありがとう!」
顔を上げた彼女は、今まで見た中で一番笑顔で、一番キラキラしていた。
何かが反射して、静かな夜を照らす。

「真夏の果実、ちゃんと歌詞読んで聞いといてよね」と可愛く忠告する彼女に対して、
「はーい」と可愛げなく返す僕。
こんなことになってしまったのも、全部桑田のせいだ。
こんな気持ちにさせる歌詞を書くから。
いろんな思い出の引き出しを、バンバンと開けるような曲を作るから。
そんな恨み節を脳内で唱えていると、次の曲のイントロ「いとしのエリー」が流れる。

まったく…

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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