「もう二度とお酒は飲まない」と誓った日、お酒を飲む


絶望的な朝が、僕の頭で揺れている。

どうしてこんなにも頭がガンガンするのだろう。
記憶が途中までしか辿れない。
生ビール、レモンサワー、中、梅干しサワー、中、スコッチのロック、ジン…
ここから先は覚えていない、飲んだのか飲んでないのかさえも。

朝の光に包まれながら、始発電車の走る音を聞きながら、きっと、二回曲がるだけの帰り道を歩いたのだろう。きっと。
タクシーは使っていない。財布の中を除いてもレシートは見当たらないから。
人間に帰巣本能という能力が備わっていて、本当に良かったと思う。
どれだけ酔っ払っていても無事に家に帰れている自分を、本当に褒めたい。
帰り道の途中で何かしらの障壁があれば、生きて帰ってこられなかったに違いない。
マンホールの蓋が開いていれば落ちていただろう。模範的なドライバーばかりでなければ轢かれていただろう。
安全な日本に生まれて、本当に良かったと思う。
「はじめてのおつかい」でしっかりと帰ってくることのできた子供が「よくできたね〜」と頭を撫でられるくらいのことはしているつもりだ。
僕の帰宅映像には、あの番組ほどの撮れ高はないけれど。

どのように帰ってきたのかは覚えていないが、気付いたらベッドにいる。
二日酔いの日は大体10〜11時くらいの間に目が覚め、現場検証を始める。
今日はパジャマに着替えられたらしい、コンタクトも外せているようだ。
髪の毛を触るとワックスで手がベトベトする。
風呂には入れていない。いつものことだ。
両手で掻き上げて手の匂いを嗅ぐと、なんだか絶望的な気持ちになる。

iPhoneは充電できておらず30%ほどしかない。LINEを確認するが、通知はない。
喉がカラカラということに気付き、冷蔵庫を開ける。牛乳がほとんど残っておらず、一口で飲み干してしまう。
ふと思い出したように仕事用のリュックを開けると、牛乳パックとカップラーメンが入っていた。
そうだ、帰りにコンビニで買ったんだ。
少しだけ記憶が蘇る。セブンイレブンの店員、牛乳とカップラーメンをSuicaで払う自分。
あれだけ酔っ払っていてもカップラーメンを食べたくなるのはいつものことだが、そこで牛乳の残量を思い出した記憶力は半端ない。アルコールに勝った気がする。

まだ頭がガンガンする。喉もカラカラが続く。
酔っぱらうと身体が炭酸を欲する。あのシュワシュワがアルコールを分解させた気分にさせてくれるのだろうか、それとも爽快な気分を求めているからだろうか。
もう一度冷蔵庫を覗くが、炭酸は入っていない。
財布だけ持ち、一番近くの自販機まで歩く。まだ頭はガンガンする。

もう二度とお酒は飲まない。

スプライトを一口飲んで、強く誓う。喉に炭酸が通る感覚が、生の実感を教えてくれる。
お酒なんて飲んだって、いいことは一つもない。
お金は使うし、身体に悪いし、翌日まで残るし。
こんなに頭が痛くなるまで、どうして飲むのだろう、と毎回思う。
楽しかったのだろう。美味しかったのだろう。
あんなにもあったかい空間の中で、飲まずにはやっていられない気持ちはわかる。「おかわり」という短い一言に、帰りたくない気持ちやお店へのお礼の気持ちが含まれていることもわかる。
でも、制御すればいい。もう、大人なのだから。一応。
「朝までいきましょう」なんて、大学生じゃないのだから。恥ずかしい。


スプライトの缶を片手に家に戻る。
まだ頭が痛い、何回炭酸で潤しても喉は乾く。
時計を見ると昼の12時。昨日のお酒のせいでせっかくの休日を半分無駄にしているのだ。
よし、やっぱりもう二度と飲むのはやめよう。
こんな絶望の朝を前に、決めた決意は揺るがない。頭はガンガンに揺れているが。

身体が汗ばんで気持ち悪いので、シャワーを浴びる。
鏡で見る自分は、酷く醜悪な顔をしていて、「羅生門」に出てきそうな卑しい目つきをしていた。どこかで見たことのある顔だ。あ、免許証か。
シャワーを浴びると、少しずつ頭が正常に戻っていくのがわかる。
なんとなく冷静になって、昨日使ったお金の計算もできるようになる。
ディズニーランドに一回行けるくらいではないか。やっぱり、お酒はやめよう。
ある意味、夢の国に行けるのかもしれないが、もっとハッピーな時間を過ごしたい。

風呂場から出ると、涼しい空気が身体全身に纏わりさっぱりする。
ようやく僕の休日が始まる。頭の痛みも段々と和らいでくる。
僕の新しい人生が始まる。清々しい光がスタートの合図をしてくれるだろう。
そんなセルフナレーションを付けながらカーテンを開くと、めっちゃ雨だった。

あれ、まじか。

まあまあ、そんな休日もあるだろうとLINEを見ると、通知が一件。


「今日、飲み行かない?」

その頃にはもう、どのお店に行こうか、何をつまみに、何を飲もうか、頭の中でいっぱいだった。

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