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『こいつ、おれのこと好きなんかな⑱』


「HY、歌える?」


高校の頃の同級生と、久しぶりに飲みに行った。
二次会はカラオケ、ありきたりの展開だ。
男子3人女子3人で入るカラオケボックスは、酔いのせいか少し狭く感じる。

隣にはクラスでも明るく、モテていたあの子が座っている。デンモクを渡されたときの笑顔がかわいかった。
履歴を見ると、aikoとクリープハイプがずらりと並ぶ。この子の人生を勝手に想像して、なぜか抱きしめたくなる。
きっと、辛い経験がたくさんあって、その数だけ救われた曲があって。
泣きたくなる気持ちを声に出すことで、自分の存在価値を見出したかったのかもしれない。
この想いは彼には絶対に届かない、誰も私の心の傷なんて癒せはしない。
愛しいだけじゃ足りないし、嬉しいだけじゃ不安定だし、優しいだけじゃ意味ないし。
ただ、声を響かせるだけでいい。

ここまで、全て妄想である。

そんなストーリーを膨らませてたら、彼女がデンモクを覗き込みながら声を掛けてきた。
「あー、歌えるよ」と答える。
「じゃあ、一緒に歌お!」とはしゃぐ彼女。デンモクで曲を探す。
歌ったことは一度もないけれど、聴いたことは何度もある。
歌い出し、どんなんだったっけ?と思いながら曲を入れる。ヤバい、あの曲、ラップもあったかも…と不安になる。

次の曲の表示がされ、タイトルが映る。
「おー!」と盛り上がる一同に対して、首を傾げる彼女。「これじゃない…」と衝撃の一言。軽快なイントロ。仕方なく女性パートも歌う僕。音程が外れる。微妙な空気に包まれ、死にたくなる。フライドポテトを運びにくるバイト。気まずさが増す。調子乗りすぎた。死にたい。
「だからお願い 僕のそばにいてくれないか」と誰かに乞う、歌う。

この願いは、君に届くだろうか。

「こいつ、おれのこと好きなんかな」

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