見出し画像

「それなり」の人生の答え合わせ


僕の人生を振り返ると、自分で言うのもなんだが「中の上」だと思っている。
点数にすると70点くらいで、「それなり」に恵まれた暮らしができていると思う。


今のところ、合格点をあげられるだろう。

飯田橋の名の知れた病院で生まれ、川崎市の落ち着いたベッドタウンで育った。

自宅から徒歩5分の幼稚園に通い、徒歩8分の小学校に通い、徒歩10分の中学校に通った。
「それなり」に友達がいたと思うし、「それなり」にいなかったとも思う。
陽キャラと陰キャラのちょうど境界線らへんを行ったり来たりしていた。

小学5年生くらいから塾に通い、勉強もまあまあできた。中学のテストでも70点以上ばかりで、まあまあ褒められた。有名私大の付属高校は落ち、まあまあの進学校に合格した。

中学までに眼鏡を買ってもらえたし、コンタクトも買ってもらえたし、携帯も買ってもらえたし、犬も買ってもらえた。
床屋でなく、美容院で髪を切ってもらっていた。

高校は小田急線と井の頭線に揺られながら通学した。
校則が厳しい学校で、全国出場レベルの運動部が多い学校で、東大合格者も毎年数人輩出する学校だった。
もちろん、部活で全国大会に出場したことはないし、東大に合格もしていない。
書くに足らない、青春とは程遠い高校生活を過ごした結果、有名な私大にギリギリで合格した。

大学も「それなり」の4年間すぎて、あまり覚えていない。
サークルよりもアルバイトに精を出し、大学生っぽいことを真似して、「大学生っぽいなあ」と何回か思ったこともある。
4年生で就活の波に乗っかり、一般にはそこまで知れ渡ってないが、業界では誰もが知っている企業に入社が決まった。
それでも物語にするにはあまりにも展開がしょぼく、僕ならあらすじを読んだ時点で手に取るのを止めるだろう。

ここまでの人生を振り返って、改めて思うのは、やっぱり「それなり」の人生だった。


絶対に赤点はとらなかったし、満点もとらなかった。ちょうど70点くらいの人生を歩んできたのではないだろうか。
1シーンずつ書き出したら、1歳ずつ答え合わせをしたら、「それなり」の点数になった。

ただ、本当に正解だったかはわからない。

自伝を書いても売れないだろうし、映画化もしないだろう。
「情熱大陸」や「プロフェッショナル」に取り上げてもらうこともないだろう。

しかし、歩んできた人生が正解かはこれからの人生で決まる。
これまでの「中の上」の人生であり中途半端な人生が、いつか実る日が来るかもしれない。
人生に正解なんてないんだから、間違いなんてないんだから、前を向いて生きていくしかないのだ。成功しても、失敗しても、次のテストを見据えて、次の夢を見据えて。

そう信じて、僕の答案にコメントを残す。

コメントを書いた字も、まあまあ綺麗で、「それなり」の充足感を得る。

この記事が参加している募集

もし、私の文章に興味を持っていただけたら、サポートお願いいたします。いただいたサポートは活動費として大切に使わせていただきます。よろしくお願いいたします。