記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

「来る」を観たので人物考察など

 今回は2018年の映画「来る」をアマプラで鑑賞したので、感想を織り交ぜながら人物考察してみます。原作未読です。ネタバレ満載。


どんな映画?

 あるレビューでは「育児ホラー」と称されていました。育児ホラーでもあり、育児放棄ホラーでもあり、お祭りホラーでもあります。その実、ホラーを装った家事・育児問題を提起する映画になってます。

 話の流れとしては、妻夫木聡演じる田原秀樹と黒木華演じる香奈が結ばれ、娘である知紗を授かり順風満帆な生活を送っているように見えてその実は闇。色んな理由から凶悪な妖怪的な何かである"アレ"(=ぼぎわん)に付け狙われ、それを霊能力者で祓い屋の比嘉姉妹(松たか子&小松菜奈)が助けてくれる、というものです。スプラッタではないのですが、血がドバドバ飛び散るので血飛沫耐性のない方にはオススメできません。

 あれ?主演の岡田准一は?彼が演じる野崎は、終章である第三章で主人公として大活躍しますし第一章からずっと関与していますが常に間接的で、どう見たって脇役です。小松菜奈が主演で良かったと思いますが、彼が主演になってるのはキャスティングの都合ってやつでしょうね。

田原秀樹はどのような人物なのか

 第一章の主人公で、一見すると会社員として優秀で友人も多く、後輩から慕われ上司のウケも良く女性社員からも人気があります。妻を愛し、娘を溺愛し、育児ブログを通じて交流の輪をさらに広げている。絵に描いたような好人物です。

 しかし、序盤から画面の端々に彼のクズっぷりが表現されています。婚約中の香奈を実家に引き連れ、親戚盛りだくさんの法事に放り込む。結婚式ではゲストの同僚から陰口三昧。2次会では終始ぼっち。呼べば人を集められる人脈はあるものの、誰からも愛されていません。

 また、実家のシーンや香奈が妊娠を告げるシーンなどでは、全く家事を負担せずゴロゴロしている様子も伺えます。実際に、香奈の回想では家事も育児も香奈に丸投げして、ブログで上辺だけの素敵な家庭を演じることに夢中になっていました。

 彼はどのような人物なのでしょうか。端的には、上辺だけで中身のない人物、と言えます。さらに無責任でもあります。前述の内容に加え、便利に使っていた後輩の高梨が「アレ」に襲われた時や病室で発作を起こした時、知紗が怪我をした時、霊能者の逢坂が襲われた時も、彼はオロつくだけで何もしませんでした。彼は徹底して自分に直接プラスになることしかやらず、都合の悪い部分は見て見ぬ振りをします。典型的などクズですね。

 それでいて、彼には悪びれるところがありません。第二章で、野崎が香奈に「彼なりに妻子を守ろうと頑張っていた」と評していました(取り繕っただけとも取れます)が、それもまた事実なのでしょう。彼なりに、というよりも、彼の中ではあれが当然の姿勢であり、彼の中で彼が最善と思う行動を取ることこそが周囲のためでもあると信じています。例え当の本人から反対されたとしても、彼にとっては何ら響きません。まさに独善的人物なのです。 

田崎香奈はどのような人物なのか

 第二章の主人公にして田崎秀樹の妻であり知紗の母である彼女は、(設定上)見目が良く、控えめで料理上手な良妻に見えます。しかし独善的な秀樹に振り回されてはストレスを溜め、度々ひとりで喫煙しています。家庭環境から実の母親を酷く嫌っていて、幸せ(そう)な家庭への憧憬があるようです。

 外面の良さという意味では、彼女も秀樹と変わりません。誰に訴えるでもなく喫煙や寝室に閉じこもるなど内向きの行為で逃げしのぎ、ただ過ぎ去るのを待っています。法事の席で、マンション購入パーティで、幾度とない秀樹の無理解に失望を塗り重ねていきますが、かと言って別れるでもなく友人に相談するでもなく秀樹と対話するでもありません。恐らく母のようになりたくない、という一心で家庭崩壊から逃げ続けたんだろうと思います。

 知紗の世話を最低限度していたことも母への拒絶心の現れでしょう。秀樹が亡くなってからは育児から逃げられなくなってしまったので渋々やってはいますが、いつでも逃げ出したいという気持ちでいっぱいでした。アレに襲われて逃げ出した時に漏らしますが、彼女自身には何もありません。頼れる友人はおろか、上辺の人脈さえないのです。秀樹に乗っかり、彼の虚構に寄りかかって生きてきたのです。結婚式にはさすがに友人を招いていたようではありますが、その後の付き合いのなさから、彼女も秀樹と同類なのだと分かります。

 端的には、彼女は"努力なしに逃げる"人物と言えます。秀樹に母の借金を肩代わりさせるという負い目を作ってでも母から逃げたかった。秀樹の独善性に気づきながらも、離婚して母の元に戻りたくなかった。家庭不和から逃げるために津田と不貞をはたらいた。自分で何かを成し遂げることはせず、他力に乗って逃げ出すことばかりなので、いざ放り出された時には何もないのです。無論、これは母親の影響が如実にあるのでしょう。母を憎み、母と自分は違うのだとどれほど思っても、結局は母と同じだったのです。余談ですが、劇中少しだけ彼女のセックスシーンがありますが、めちゃくちゃエロいです。(;゚∀゚)=3

野崎はどのような人物なのか

 特になんでもなく無個性。最終決戦でパニックになって琴子の邪魔をした人です。(終わり)

 さすがにそれだけじゃダメなので少しだけメタ観点から見てみます。本作品の監督は「乾き。」でおなじみの中島哲也さん。はいもう分かりましたね。乾き。における藤島(演じる役所広司)がこの作品における野崎です。古びた汚い車に乗って現れる、過去に強いトラウマを持った胡散臭い主人公。小松菜奈を救うために得体のしれない敵に立ち向かう。

 ね。藤島でしょ?

津田はどのような人物なのか

 チョイ役もいいところですが、要所には必ず彼が出てくる、重要な役どころでした。民俗学の准教授であり、秀樹の旧友。野崎とも旧知の仲で、秀樹に野崎を紹介したもの彼でした。そして香奈に接近していた人物でもあります。

 端的に言えば、彼は嫉妬の権化です。彼が死ぬ前に野崎と会った際、秀樹の全てを奪うことを快楽にしていたと告白しました。大学准教授になれるほどには有能、見目もよく関西弁で人当たりもよく女性にもモテるという、いかにも秀樹が友人に選びそうなタイプです。しかし、彼は秀樹の後ろに立って、裏で秀樹が得たものを全て掠め取っていたのでしょう。しかも、全く裏で活動するのではなく、それとなく秀樹に気取られるように仕組んでいたはずです。そうして、秀樹がそれを見て見ぬ振りをしている様を嗤っていたのです。

 なぜそのようなことをするのでしょうか。ポテンシャルやスペックで言えば、彼は秀樹と違って本当の意味で人気者になり得たはずです。恐らく、彼は自分に能力があることも容姿が良いことも人に好かれることも十分に理解していました。准教授の立場にいるのも含め「敢えての二番手」というヤツです。恐らく二番手に位置することで、そこから全てを操り奪い、空洞の人気者が実力で取り戻せないが故に見てぬふりをする、その滑稽さを眺めて愉悦に浸るドス黒い性質なのです。

 それでは嫉妬の権化である、とした理由にはなりません。どこに嫉妬の要素があるのでしょうか。常に優れているのは彼なのです。しかし、例えば教授の椅子を含めて彼自身が報われることはなかったようです。自分以外の全てを見下しているが故に、彼自身が光を浴びて(愚民の感覚で言う)幸福を得ることは決してありません。自分こそ誰よりも優れているのに、幸せそうに振る舞っているのは空洞の人気者たちなのです。自分に対して光が当たることは決してないのです。光への渇望から、彼は見下しているはずの空洞の人気者に嫉妬し、憎みます。劇中で最も乾いていたのが彼です。

アレって何だったの?

 法事の席で"ぼぎわん"とか"がんこ"と呼ばれていて、津田曰く「よくある伝承上の怪物」であり、実態は親の子殺しだろうとした"アレ"。アレって何者だったのでしょうか。

 端的には、サッパリわかりません!もしかすると原作には何らか説明があったのかも知れませんが、少なくとも劇中の表現では軸を判断できないのです。
・主に悪い人間を山に呼ぶ者である(元祖知紗が"呼ばれ"た)
・呼ぶ対象は全年齢に及ぶ(元祖知紗、秀樹の祖父、秀樹)
・対象の傍にいる人間も襲う(後輩の高梨)
・アレと対決しようと考えた人間は問答無用で襲う(霊能者たち)
・人間に呼ばれたら来る(知紗の呪い、津田の呪い、霊能者による召還)
…発動条件なんなの?

 元祖知紗は命を弄んだ報い。秀樹は嘘つきだから。え、じゃあ秀樹の祖父は?多分祖母もですよね?なんで???香奈は津田の呪符に加えて、知紗が依代になって両親を無意識に呪っていたから。津田は呪いの報い。霊能者達は邪魔しようとしたり対決しようとしたから。じゃあ高梨は?関わった時点でアウトなの?伽椰子(呪怨)なの?いや、呪怨でもそこそこルール整ってますから。

 この辺の原因は他の感想考察サイトでも書かれていることですが、監督がホラーに全く興味がないせいだったと思われます。家事育児問題に切り込めさえすれば、ホラー部分の辻褄なんてどうでもよかったんだろう、としか思えません。普通のホラー映画だと、劇中で解明するしないはさておき、考察すればルールが浮かび上がる程度には整っているものですが、ノリだけで突き進んでいる印象が強かったです。

 てか、最終決戦の結果で日本の霊的国防力ほぼゼロになってない?

おわりに

観終わるまではだいぶ楽しいので、「観て損した時間返せよ」とはなりません。それで人物考察してみようと思ったわけです。クズ率高めの映画ってノリで観ていると楽しくて仕方ありません。最終対決におけるカオスというかハイブリッドというか、あの荘厳な召還シーンはなかなかお目にかかる機会はないでしょう。そして逢坂のカッコよさ。痺れます。

 演技面でいうと、この作品で小松菜奈すごいな、と関心しました。クレジットを確認するまで彼女だとは思ってなくて、"乾き。"やウーバーイーツのCMで見てきた印象とはまるで別人の、真琴そのものでした。伊藤潤二の描く"富江"を体現したような普段の美しい風貌に価値を見いだされた人なのだと思っていましたが、演技者としての才能も、あの世代では抜群かも知れません。

 閑話休題。前述のようにクズ率高めのお祭りホラー映画として楽しむもよし、原作読者は比較して難癖つけるもよし、観ていて退屈しないことだけは請け合いです。ぜひご鑑賞あれ。(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?