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さるそば

物置といえば、庭にあり、大体幅2メートルほどの大きさを想像するのではないだろうか。
翔太さんの家の物置も、そのぐらいの大きさだという。
たまにしか使わない道具等が入っており、その中には石臼もあった。

この石臼は未だ現役。
年越し蕎麦用のそば粉を挽く。
何も年末だけに限定しなくても、夏などは蕎麦を啜りたいもの。
その夏、翔太さんは母親に手打ち蕎麦を食べないかと提案した。
しかし、母親は石臼を使わずに市販の蕎麦粉で拵えたそうだ。
「石臼って使いにくいの?」
「あれは年の瀬しか使えないのよ」
「重いのに誰も手伝わないからだろ? 俺がやってあげるから、今度挽きたての蕎麦粉でやろうよ」
母親は黙ってしまった。
だが、微笑んでいたため満更でもないのだと和田さんは考えた。

物置の戸をあけると、圧迫感を感じた。
使わない道具やアウトドア用品が手前にぎっちりと詰まっていたのだ。
かき分けると、奥の方は3メートルほどの空間がある。
詰めたとしてもそんな広さはないはず。
覗き込むと石臼の端らしきものが目に入った。
そして、それを抱き締めるようしている黒い生き物がいた。
顔に木の面をつけていたが、長い手足にふさふさとした毛。人のような姿形。
近所の畑を荒らしている猿より倍ほど大きかったが、すぐに猿だと理解出来た。
猿はカクンと首を曲げ、こちらを見た。
木の面の奥の方にある、体毛より濃い黒い瞳。それが輝いた気がした。

ギャッギャッギャッギャッ!!!!

仮面越しに猿が吼え、翔太さんの足は恐ろしいほど早く動いた。

「物置に猿がいる!」
翔太さんが母親の元に行くと、母親は驚きつつも笑顔になった。
「あぁ、よかった! 今年もいるのね!」
「は? いいから市役所に連絡しろって!」
「ダメよ!! あれがいないと蕎麦が美味しくないんだから!」

「アレも一緒に挽いてるから美味しいのよ!」

年の瀬。
翔太さんは意を決して、母親と物置に行った。
覚悟して戸を開けたが、外観通りの広さだった。
しかも以前と比べ物にならないほど整理されていて、いとも簡単に石臼を取り出せたそうだ。
その年も、年越し蕎麦は美味だったという。

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