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渦男

今はテレワークでの仕事が主になったという芽衣子さん。
彼女は電話対応が多い部署でなかなか在宅化ができなかった。
ようやく移行できるという時に、携帯電話とブルートゥースイヤホンが支給された。
イヤホンは配達員などがつけるような、片耳タイプの小さめのものだった。

家ではベランダに向かうように机を置いていた。
そうすると3階にある部屋からは隣の敷地にある大きな公園が見える。
遊ぶ子供達。散歩するご老人。
昼の景色を感じつつ働くと、優雅な気分になれたそうだ。
芽衣子さんはこの労働環境が気に入っていた。

この現象が始まる前までは。

――ジジッジッ……

毎日15時あたりになるとイヤホンの調子が悪くなるのだ。
耳障りなノイズが走る。
長くても数分すれば調子が直るが、気持ちのいいものではなかった。
理由は、初めてこの雑音を聞いた日にあった。
電波が問題なのかもしれないと思い、携帯を移動させた。
ノイズの様子を耳で探ろうと、何となく空を仰ぎ見た。

――ジジッ……える……ジッ

少し変化があり、耳を集中させた。
上を見ていた視線を泳がすと、公園の中央にいるスーツ姿の男性が目に留まった。
ただ佇む男性。
まわりには誰もいないようだった。

――ジジッきこジッ……える?ジッ

大き目のノイズが走り、咄嗟にイヤホンを外す。
何か故障しているのだろうかと眺めるがおかしいところはない。
一旦電源を切り、再起動させた。
再度耳に押し込む。
その瞬間にはっきりとした言葉が聞こえた。

きこえる?きこえる?きこえる?きこえる?きこえる?
きこえる?きこえる?きこえる?きこえる?きこえる?

聞こえる?という言葉が早口で流れてきた。
芽衣子さんは思わずイヤホンを投げ捨てた。
イヤホンは窓側へと転がる。
恐る恐る転がった先を見ると、公園の景色も目に入った。

先程、佇んでいたサラリーマン。
これが3倍ほどに大きくなってこちらに顔を向けていたのだ。
顔には目や鼻、口などは無く、黒い渦潮のようなものが蠢いていた。

「聞こえてるね」

空間を震わすような声が、その渦から聞こえたそうだ。

それから芽衣子さんはカーテンを閉めたまま生活している。
ノイズが発生する時間には、外に大きな存在を感じるという。

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