【第7話】広報は経営者の情報参謀・経営者の翻訳者、という考え方

僕は、ブランディングを「自社やサービスが持っている伸びしろ」を「世界でいちばん大切にしたい、たったひとり」の中に、「気づき・発見・出会い・共感」が生まれるような「翻訳」をして「意味をつくること」である、という結論に至っている。これは、ブランディングを託されて創っていく立場と、ブランディングを事業主としてやる立場の両方で、いろんなものを背負ってやってきた経験からくる。電通、サイバーエージェント、Tabio、ストライプインターナショナル、ベクトル、ソウルドアウトなどで、深い仕事をさせてもらった経験から気づかされたことだ。

ブランディングの仕事。その中でも本当は一番大変で重要な役割をしているのが「広報」という仕事なんだと思う。そして、昨今、広報という仕事は、その意味がますます重要になっていると思う。

詳しくは、著書の「仕事の研究」にも記載があるので、そちらも参照していただければ。

尊敬している先輩経営者のTさんからこんなメッセージをいただいたことがある。

広報の仕事は評価が難しくて、やればやるほどいい仕事ができて、何もしなくてもそれはそれで何とかなる、という不思議なものです。だからこそ、実は広報マンこそ自分の中で高い志が必要で、これからさらに重要な仕事になっていくことだけはハッキリしているのですが。御社の会社の課題がどこにあるのかはわかりませんが、どうぞいい「伸びしろ」を見つけて、一心不乱に進んでください。

これは、僕の近くで仕事をしているメンバーがいただいたものなのだが、僕自身も心から感動して、ありがたいと思ったメッセージだ。広報というは「自分の会社のブランディング」なんだということの意味が書かれている。ユニクロの柳井社長が「広告は、100点満点か0点のどちらかだ。」と言っていたというエピソードも思い出す。一心不乱にやっている状態をつくらないと、誰かの心を動かすなんて、できないのかもしれない。

VUCA(「Volatility(激動)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(不透明性)」)の時代だから、会社は、経営者は、「どのような明るい未来をつくっていきたのか?」「自分たちはどうなっていくのか?」社員と共に向かっていく方向を照らしていかなければならない。経営者の情報参謀として翻訳をしながら意味を創り続けていくのが「広報」という仕事だ。

多くの人が心打たれたものだが、今年僕が最も感動したスピーチは、やはり、豊田社長の年始の挨拶だ。

豊田社長の話の凄さに圧巻されながら、僕は、「この会社の情報参謀は日本一で、さすがに自分も相当負けてる、、」ということを素直に感じた。この日が来るのを見通して、何年も前から、、おそらく、アメリカの議会の公聴会に行った頃から、、見通して、すべての記録を撮り、CESでの発表も行い、この挨拶内容のシナリオの骨組みも、ずっと前からできていたかのように感じた。

「経営者と現場のギャップ」ということについて、これほどまで具体的に、かつ、話の向こうに映像が流れるような話をしている。だから聞いている人の心を打つ。

昨年の春の労使交渉で、私は「今回ほど距離を感じたことはない。こんなにも会話がかみ合わないのか」ということを申し上げました。これは組合員の皆さんだけでなく、私の後ろ側に座っていた幹部社員の人たちに対して感じたことでもあります。それ以降、「自分が感じた距離、自分と会社のギャップが何なのか」、その答えを出す旅が、昨年始まりました。
自分の足でいろいろな職場をまわりました。人数が多いと本音が話せないと思い、少人数での懇談の場所にも足を運んでまいりました。ちなみに今日、この中で事技職に属しておられる方はちょっと手をあげていただけますか。私が最も距離を感じているのが「事技職」の皆さんです。私が、どうして、こういうことを感じてしまうのかずっと、わからずにいました。
そんな私にヒントを与えてくださったのが会長の内山田さんでした。内山田さんは「かつてのトヨタは、機能分業をやってきた。私も技術という機能の中で仕事をしてきました。当時を振り返ると、『他の機能の人たちから後ろ指をさされたくない、批判をされたくない』という気持ちを強く持っていたと思います。営業や生産といった他の機能に対して、自分たちがいかに正しいかを理解させることに力を注いできました。しかし、米国のリコール問題で社長が示した姿勢は違いました」と言われました。
私が示した姿というのは、格好悪くてもいい、ありのままをさらけ出す、トヨタは絶対に嘘をついたり、ごまかしたりしない。言い訳もしない。そして、誰のせいにもしない。これが、公聴会で、私が全世界の人々に伝えたことです。この時の私の心境は、自分は国からも会社からも捨てられた、ただ自分はトヨタが大好きだ、ならその大好きなトヨタを守りたい、というものでした。ただ、トヨタの現場の人たちからは守られているという実感がありました。その恩を返すために、自分は今まで未来のために、闘ってきたのだと思っています。しかし今、自分は会社を守るという姿勢をつらぬいているつもりなのに、トヨタの幹部をはじめとする事技職からは守られている実感を私自身は持てない、それが私の素直な想いです。
トヨタの人たちはずっと機能分業の中で自分たちが正しいことを主張し、自分たちの機能を守ることを求められそれが評価されてきたんだと思います。これが今も、身体に染みついているので皆さんの言動に距離を感じたり、会話が通じないと思うのではないでしょうか。これが昨年4月の労使協で私が思わず声にした「今回の労使協ほど、会社と私の距離を感じたことがない」と思わず言ってしまった一つの私の答えがこれです。

また、「トップダウン」ということの翻訳の仕方、「ボトムダウン」ということの翻訳の仕方にも心を打たれる。

これから未来に向けた闘いが激しさを増すことは、誰しも想像できると思います。会社を背負っている責任者が何をしようとしているのか。どこに向かおうとしているのかそれを感じようとする努力を私は求めているんだと思います。
トップダウンとは、部下に丸投げすることではない。トップが現場におりて、自分でやってみせることだ。私自身、これだけは絶対に実践すると決めて、必死に努力してまいります。
では、ボトムアップとは何でしょうか。現場の事情や理屈をトップに押し付けることではないと思います。トップの考えに迫り、自ら、自分の仕事のやり方を変えていくことではないでしょうか。モノの見方、考え方を変えなければ仕事のやり方は変わりません。自分にも見えていない現実がある。トップもボトムも、そのことを受け入れる素直さ、そして、見えていない現実を見ようと努力することが大切だと思います。私は、そんなトップダウンとボトムアップを皆さんに求めているんだと思います。

そして、先人の恩に報いるという視点で、多くの人の頭の中にある記憶をも味方にして、共感と勇敢さを創り出し、聴いている人たちの心に響くものになっていくのだ。

私自身、各職場を訪問したり、トヨタイムズを始めたり、コミュニケーションのやり方をいろいろ変えているのですが、残念ながら、「伝わっている」という実感はありません。「伝わる」ということは行動が変わるということです。私は今回の年頭挨拶はトヨタが変わる、皆さんが変わるラストチャンスだと思って、話をしています。
「令和」という新しい時代を迎え「Woven City」がスタートする、こんなチャンスは滅多にないと思います。「私には関係ない」「Woven Cityなんて私には関係ない」そう思う人もいると思います。そういう人をゼロにはできません。しかし、そういう人がマジョリティになったとしたらトヨタは世の中の人から必要とされない会社になってしまいます。
私がここまで話をするのには理由があります。いま、世の中では暗いニュースがあふれています。その中で、米国のCESで「Woven City」という明るいニュースを出せたと思いましたし、世間の方々もそう受け止めていただき「よかった」と思って帰国し、本社に戻ってまいりました。会社に戻って話を聞くと、「自分とは関係ない」と受け取っている人がいることを知り、その発言を聞き、本当に悲しく残念な気持ちになりました。
「自分の仕事とは関係ない」——。この意識を捨てていただきたい。これが私の正直な気持ちです。
今日、この会場に来ていただいた皆さんは自分の意志で、来てくださった方々です。これまで、この年頭挨拶というのは、昇格者や各部の部長など人事から指名された方々が中心でした。今回は違います。大げさに言えば、皆さんは自分の意志で一歩踏み出した人たちだと思います。一歩踏み出した人たちなら、何かを感じてくれるかもしれない、そう思っているからです。今日ここで、皆さんが感じたことをぜひ自分の殻に閉じ込めず、自分の仲間に、伝えていただきたい。私はトヨタという会社に感謝しています。
創業者の豊田喜一郎が自動車へのモデルチェンジに挑戦していなければ、我々は今、どうなっていたでしょうか。創業のメンバーの方々は何もいいところを見ていません。私も含む皆さんは継承者。継承者の一人として、報われなかった先輩たちに何とか報いたい。彼らの無念を晴らしたいとは思いませんか。
少なくとも私は、その無念さを晴らしてあげたいというのが、私自身の原動力です。良いところを見せてもらった我々が、私たちが、自動車からモビリティ・カンパニーへのモデルチェンジに挑戦することこそが、先人の無念を晴らすことになると思っています。未来の世代から「あの時のおかげで今がある」そう言われることを自分たちのロマンにしませんか。
「Woven City」をきっかけに皆で新しいトヨタをつくっていく、我々の仕事のやり方をモデルチェンジする。そんなスタートの年にしたい、心からそう願っております。ありがとうございました。

このスピーチで、僕が特に凄いと感じた部分を、ほぼすべて引用してしまった、、。「翻訳する」「共通の記憶に訴える」「抽象と具体の行き来がある」「同じ方向を向いて未来を見る(=愛)がある。」これら、ブランディングをしていく際に大切な要素がすべて入っているのには、驚いた。

最後に、歴史や文学には、多くの示唆や学びがあるという意味も含めて、一つ紹介したい。フランスの作家のサン・テグジュペリが著書に記しているフレーズだ。

You do not inherit the earth from your ancestors; you borrow it from your children.
我々は、地球を先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りているのだ。

ひとつのものを、いろいろな角度から見て、ロジカルにも考えて、翻訳して、右脳に訴えかけるような表現にする。そして、凄いなー、、と思うのは、この「地球を先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りている」という表現から、「サスティナビリティ」の意味さえ感じられる。我々大人が、子供たちに何を残すべきか、永続的な生き方とは何かということ、持続することが可能であることの尊ささえも感じられる。

広報という仕事は、携わる人の考え方ひとつで、人の心を揺さぶるような凄い仕事にもなっていくし、適度にこなすような仕事にもなってしまう、と僕は思う。

僕は恵まれていたと思う。20年近くの間、誰よりも熱い想いのある創業オーナー社長の近くで仕事をさせてもらって、その熱量や息遣い、葛藤などを身近で感じながら仕事をする機会に恵まれてきた。ということもあって、全人格とプライドや自分も想像もしていなかったぐらいの責任感をもって、時には翻訳をし、時には旗振りをしてきた。だからわかる。広報という仕事をする人が、経営者の伴走者としての目線の高さと覚悟、情報参謀としての視界の広さ・深さをもってやれたら、どれほど、経営者は助かることだろうか。

今回は、引用が多くて、、どうかな、、と思いましたが、僕自身の記憶にも刻んでおきたいと思う内容なので、書き留めておこうと思いました。広報やPR、そして、ブランディングという仕事の可能性は本当に無限だと思います。行く道と、そして未来を明るく照らすことだってできますよね。

著書「仕事の研究」でも、このとに関することを記載しました。もしよろしければ、ぜひ。

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